熊本地震で広がる心ないデマ 誤情報拡散が広がったのは東日本大震災からだった――陰謀論から「自衛」するための情報的健康法とは
誰もが自由に情報を受発信できるインターネットは人類の生活に大きな恩恵をもたらす一方、偽情報や陰謀論の拡散、社会の分断といった深刻な問題を次々と生み出している。先月の熊本地震発生後もSNS空間ではデマ動画などが拡散されている。計算社会科学の視点からネット上の情報拡散や炎上、偽情報問題などを研究する東京大学大学院の鳥海不二夫教授に聞くと、その意外な契機として東日本大震災をあげる。
2000年代初頭の「Web2.0」時代には、インターネットを通じて誰もが平等に競争や協力ができる明るい未来が語られていた。しかし2015年から16年にかけて、SNSがマスメディアに代わって世論を動かす事態が発生する。イギリスのEU離脱決定やトランプ米大統領の誕生である。不正確なデータや過激な言葉がSNSで拡散され、人々は自分と同じ意見ばかりに囲まれる「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」に囚われた。
「インターネットはかつて民主主義を拡張すると期待されていましたが、感情を扇動し、社会を分断し、世論を操作し得る側面が浮き彫りになったのです」
と東京大学大学院の鳥海不二夫教授は語る。
日本においてこうした変化が顕著になったのは、2011年の東日本大震災の頃からだと鳥海教授はいう。災害の混乱の最中に誤った情報が拡散し、情報の正確性を担保する難しさが露呈した。この課題は現在も解決されておらず、直近でも7月28日に発災した熊本地震において、SNS上で悪質なデマや偽の動画が瞬く間に拡散された。人々の不安が高まる状況下では、感情を過度に刺激する偽情報が特に広がりやすい傾向にあるのだ。
さらに状況を悪化させているのが「アテンションエコノミー」の蔓延である。ウェブ広告の発展に伴い、情報の質よりも人々の関心(アテンション)を引くこと自体が経済的価値を持つようになった。アメリカ大統領選の裏側で偽ニュースサイトが乱立したように、金銭的利益のために嘘や過激なコンテンツを量産する者が後を絶たない。現代人が持つ1日最大6時間程度の「情報可処分時間」を、ネット上では様々なコンテンツが奪い合っているのが現状だ。
「私たちがこの構造を理解しないまま無防備に情報を受け取ると、悪意ある情報にたやすく搾取されてしまいます。こうした中、私たち一人ひとりが自分の身を自分で守る『自衛』の視点が何より重要となります」
“情報摂取”にもバランスを
そう話す鳥海教授が提唱しているのが「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」という概念だ。食育によって健康的な食事を選べるようになるのと同様に、情報の摂取においても自らバランスをコントロールする感覚が求められる。しかし現状の情報空間には、食品のカロリーのような「成分表示」がない。ワイドショーを客観的なニュースだと思い込む人がいるのも、その違いが可視化されていないためである。
この課題に対し、鳥海氏はAIの活用を提案している。スマホのスクリーンタイムのように自身の情報摂取の偏りを可視化する「情報ドック」や、記事の扇動度などをAIが判定して「煽り度80%」などと提示する仕組みの社会実装である。情報源の信頼性を個人がいちいち調べるのは不可能に近いからこそ、テクノロジーの力で健全な情報摂取をサポートする環境づくりが必要となる。
「そういうツールが普及したら、人間はAIに考えを操られてしまうのではないか」という懸念に対し、鳥海氏は
「最終的に何を見て何を信じるかを決めるのは私たち自身。重要なのは、自分がどのような情報に接しているのかを客観的に『知った上で』自ら選択し決定することです」
と断言する。
パソコンやスマートフォンさえあればいつでもどこでもインターネットにアクセスし、SNSで考えや意見を自由に受発信できるようになってからほんの十数年、私たち人類にとって「情報空間」はまだまだ未知の世界であり、現時点では最良の形で使いこなせているとは言えない。今、私たちが情報社会を生き抜くために必要なのは、まず自分自身の情報との付き合い方を見つめ直すことなのだ。
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新潮QUEで配信中の記事【熊本地震で広がる心ないデマ――陰謀論から『自衛』するための情報的健康法】では、鳥海不二夫氏により詳しく現代の情報空間で私たちが健全に生きるための術について語ってもらっている。


