「救助隊は何もせんで、満足に声かけしなかった」レスキュー隊が救えなかった命 近隣住民が明かす「二次被害を出さないのが訓練の鉄則になっている様子」
いつも通りの声で「大丈夫」と
実はこの時、平田さんの隣宅でも別の救助活動が行われていた。91歳になる斎藤絹子さんが自宅の下敷きになったと聞き、駆け付けた孫の修治さん(43)が、その一部始終を明かす。
「18時半ごろに家へ帰ると、親戚や近所の人たちが、ばあちゃんが埋まっている付近のがれきをどかしてくれていたんです。私が“けがしていない? 痛くない?”と何度か声をかけると、ばあちゃんは“大丈夫”って返事をした。いつも通りの声で、まったく苦しそうな感じはありませんでした」
19時半ごろ、消防隊が到着して救助が始まったが、
「作業開始から1時間半ほどたったところで、家の傾きが激しく大きな重機がないと二次被害の恐れありとなって中断したんです。その間、20時ごろにはばあちゃんの反応が全くなくなってしまいました。消防隊は反応のある人の現場を優先することになっていったんいなくなった。翌朝10時ごろ、鹿児島県警の方が来てくれて作業を始めましたが、重機も使わず工具だけの人力作業。しかも1時間ほどで救助が完了したんですが、ばあちゃんは病院へ搬送されていきました」(同)
「苦しませてしまうかもしれない、と思うとむやみに救助できず……」
修治さんが変わり果てた姿となった祖母と対面した際、告げられた死因は「圧迫による窒息死」だった。
「地震発生から3時間ほどは元気な声を聞けたので、暑さなどで体力を奪われたのではないかと思っています。自分たちにも何かできなかったのか。でも、傾いた家を見ると、やたらと動かしたらばあちゃんを苦しませてしまうかもしれない。そう思うとむやみに救助できませんでした」(同)





