「玖瑠美の最期の言葉は…」 イオンモール事故被害者の親族が慟哭の証言 「おばたちは制止できなかった自分たちを責めている」 さらに、間一髪で事故を免れた従業員の証言も

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彼女の“最期の言葉”

 こうした説明を、玖瑠美さんは店に戻る直前、駐車場で会ったおばたちに伝えていたのである。

「もともと責任感の強い玖瑠美は、店長から言われた指示を果たそうとしたのでしょう。おばたちの制止を振り切り“行ってくる”と告げて、店へ向かってしまったそうです」(前出の男性)

 それが結果的には彼女の“最期の言葉”となった。

「玖瑠美は3年前に父親をがんで亡くしていて、やっと家族が前向きになってきた矢先に今回の爆発に遭ってしまった。3人きょうだいの長女で、祖父母と母と合わせ6人家族で暮らしていた。中高はバレー部で活動し、明るくて、しっかりしていて、優しくて、愛嬌(あいきょう)のある誰からも好かれるような性格。友達は多くて、彼氏はいなかった。まだまだ楽しいことが待っている人生だったはずです」(同)

「そもそも人災」

 今月2日に熊本市内で行われた玖瑠美さんの通夜で、ハビタの社長らが遺族に謝罪。遺族側の主張のとおり、会社側が店に戻るよう指示していたと認めた。

「玖瑠美が荼毘(だび)に付される前にハビタが非を認めたことはよかったです。けれど、当初彼らは“玖瑠美たちが忘れ物をしたから戻りたいと言った”などとごまかしていた。結果的に報道が大きくなり、どうせ慰謝料を払うなら早く謝った方がいいと考えたに過ぎないと思います。仮に彼女たちが戻りたいと言ったとしても、地震が起きた直後は危険だからと止めるのが筋でしょう。会社は和解を求めているようですが、そもそも人災だったと思います」(前出の男性)

 地震当日、別の店舗で働いていた女性に聞くと、

「私たちの店では、レジにお金が入った時点で鍵がかかる仕組み。従業員の命を預かる会社が、安全確認がされていない状況で、売上金を金庫に移せという指示を出すのはあり得ません」

 一方、この女性従業員は自ら爆発現場に戻ったとして、こう続ける。

「一度は駐車場に避難したのですが、地震から40分ほどたった頃、イオンの従業員が“荷物を取りに戻らないと帰れない人は、何人かでまとまって、必要な物だけ取ったらすぐ戻ってきてください”という話をしたんです。それで私も同僚と何人かで財布を取りに店へ向かいました。天井からはシューという奇妙な音がしたのを覚えていますが、とにかく用を済ませて急いで戻った。その10分後に爆発が起きたので、入館するのが遅ければ巻き込まれていたと思います……」

 偶然のタイミングが生死を分けたとはいえ、震災は想定外のことが起こり得る。極力リスクを避ける行動を皆で取らなければ、悲劇は繰り返されるに違いない。

週刊新潮 2026年8月13日・20日号掲載

特集「熊本地震 修羅の人間模様」より

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