「赤沢さんの能力の高さは明らかだった」 石破茂前首相が明かした「トランプ関税」交渉秘話
赤沢ではダメだ!
昨年、石破茂前首相に極めて厳しい論調を繰り広げていたメディアの代表が「月刊 WiLL」「月刊Hanada」といった、いわゆる「右派系」「保守系」とされる雑誌だ。
日常の振る舞いから政策に至るまで、良いところは一つも無し、早く高市早苗氏が首相になってほしい、それで日本は救われる――そんな内容の記事が毎月のように誌面を飾っていた。
当時の最重要課題であるトランプ関税を巡る対応についてもボロクソで、たとえば次のような発言が掲載されている。石破氏と赤沢亮正・経済再生担当大臣(当時)が交渉するのではうまくいきっこない、との見立てだ。
「そもそも、赤沢は外交経験がない。トランプと交渉をするのだから、少なくとも面識のある麻生太郎、あるいは日米通商交渉時にはトランプに『タフネゴシエーター』と言われた茂木敏充を起用すべきです。
しかし、それをしない。なぜか。彼らの手柄になってしまい、自分がお払い箱にされかねないからです。その点、『趣味は石破茂』が口癖の赤沢なら安心。仮に失敗しても、赤沢のせいにできる」(月刊「Hanada」2025年6月号掲載「蒟蒻問答」内のジャーナリスト、久保紘之氏発言)
こうした意見は当時、ここ以外でもよく見られた。「タフネゴシエーター」茂木氏にしないとダメだ、赤沢氏では失敗する、腹心を起用するとは何事だ、といったものだ。
奇妙なことに、こうした論者は高市政権発足後、赤沢氏が経済産業大臣に起用された後には鳴りを潜める。また、高市首相が前政権のまとめた関税交渉の結果を尊重していることにも何ら異を唱えない。「赤沢なんて石破の子分を使ってはいけない」と高市首相を諫める人は見当たらないのだ。実のところ、彼らもトランプ関税に関する交渉をそれなりに評価しているということなのかもしれない。
それにしてもなぜ日米関税交渉の責任者は赤沢氏だったのか。「趣味は石破茂」だったのか。情報・教養サブスク「新潮QUE」掲載の石破氏インタビュー(「楽しい日本」「“神に選ばれた”トランプ大統領との極秘電話」「赤沢さんに任せた日米関税交渉」の裏側 石破茂前首相が明かす施政方針演説から日米首脳会談まで)では、真意が率直に明かされている。それによれば、決して人間関係の近さが理由ではなく、石破氏なりの確信があったというのだ。該当部分を見てみよう。
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赤沢さんには経験もあった
聞き手:関税交渉では長い付き合いの赤沢亮正氏が担当大臣になります。任命や実際の交渉は次回以降に伺うとして、いつの時点で赤沢さんにやってもらうと決めていたのでしょうか。
石破:当初から、仮に担当大臣を置くとすれば赤沢さんに、とは思っていました。
聞き手:それはなぜですか。
石破:一言でいえば、能力的に最適な人材だと思っていたからです。一つには優秀な官僚としての能力。二つめに、祖父である赤沢正道先生譲りの度胸。赤沢正道先生は鳥取県選出の代議士で、戦後、自民党三木派に属し、自治大臣や国家公安委員長を務めた政治家ですが、実業家から転身した党人派として知られていた方です。
つまり、官僚としての能力と政治家としての度胸、両方を兼ね備えている、というのが私の赤沢さんに対する見方だったし、国交省の官僚時代に彼が担っていた日米航空交渉はかなり厳しい交渉だったと本人からも聞いていましたから、国益を賭けた国際交渉にも知見があると思っていました。
聞き手:失礼ながら、世間的には無名に近いですよね。石破さんの側近、というくらいの認識しか私もありませんでした。
石破:色々な役所の副大臣を多く務めて、「知る人ぞ知る実力派」みたいな感じでしたからね。石破派に居て、誰からも私の側近とみなされていたから、大臣ポストが回ってこないのだ、と言われたりして、苦労をかけたと思います。
彼がまだ運輸省(当時)の課長くらいだった頃、国政選挙の自民党の候補者がいない、という話があって、彼の名前が挙がったことがありました。おじいさんの赤沢先生は立派な方だった、ぜひお孫さんに立って欲しい、という声が地元の市町村長たちから挙がったんですね。
当時、私もまだ当選4回くらいだったかな。一度会ってみようという話になって、それがたぶん初めてだったと思います。その時の彼は、全然出馬する気はない、興味もないと言っていて、役人人生を全うさせてくれ、という感じでした。
ところがその後数年して、小泉総理の下、いわゆる郵政選挙が行われることになったとき、赤沢さんが鳥取県の「刺客」候補になっていて、顔を合わせたら出馬に前向きな感じに変わっていたんです。
それからずっとですから、お付き合いも長いし、よく知っているつもりです。最初から並の官僚でもなかったし、並の政治家では終わらないとも思っていました。
聞き手:交渉力とか度胸といっても、さほど出世していなかったらそういう能力があるのかどうかもわからないのでは。
石破:一般の人には知られていなくても、政務官、副大臣、あるいは議員連盟の事務局長や幹事長を多く務めていましたし、国対も積極的に関わっていましたから、国会議員や官僚、あるいは政治記者の間では、能力の高さは認識されていたはずです。
聞き手:一口に議員、官僚といっても見ていれば能力の差はわかる?
石破:それは、どの業界でもそうでしょう? 彼は明らかに多くの面で優秀でした。
聞き手:ただその優秀さを当時、世間は認識していませんから、担当大臣に決めた際にはかなりの疑問の声、批判がありました。「外交の経験がない」「自分の子分だからという理由で選んだだけ」といったものでした。「茂木さん(元外相)のほうがいい」というのもあったと思います。
石破:赤沢さん本人の実力がそんな根拠のない批判をすぐに払拭するだろうと、私はあまり心配していませんでした。彼が経験した日米航空交渉の知見しかり、総理たる私との強固な信頼関係しかり。
事務的な話をすれば、赤沢さんが内閣府の経済再生担当大臣であったことも、結果的に交渉担当を兼務してもらうのには好都合でした。
出身である国交省、あるいは思いのある農水省、正直言ってたいていの大臣は務まると思っていましたが、もしそのような任所大臣だったら、そう自由には動けなかったでしょうから。
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同じインタビューの中で石破前首相は、トランプ大統領との関係についても明かしている。2か月に1回くらい、先方から電話がかかってきて、かなり踏み込んだ内容のものもあったという。また、こうした信頼関係を築けた要因は、初対面の時の第一声にあった、といった秘話も打ち明けている。


