横浜流星も佐藤二朗も「断罪」される空気は「みんなのため」になるのか 養老孟司さんが語っていた「正義の押し付けがましさ」

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横浜流星までも批判対象に

 かつては単なる「陰口」程度だったものが、ネットの普及以降は「誹謗中傷」にエスカレートし、一方的な「断罪」につながってしまいやすくなった。そんな状況を苦々しく見ている方も多いのではないだろうか。

 俳優の横浜流星や佐藤二朗が最近浴びた批判の中には、断罪に近いと見る向きもいることだろう。前者の場合は、ファンとの交流の場である配信イベントで「ボーイズ・ラブ」について語った言葉が独り歩きをして、「多様性に理解がない」といったロジックに基づく批判を生んでしまった。

 佐藤二朗の場合は、ドラマ「夫婦別姓刑事」(フジテレビ系)の撮影現場での振る舞いに加え、週刊新潮の取材に答えたことすらも批判の対象となった。「加害者が言い分を語るな。被害者への攻撃だ」というのが批判する側の論理である。

 当初、「加害者」と認定され、糾弾されていた人物が、実は被害者だった、というケースは過去いくらでもあった。

草津町長の悲劇

 男女の問題に絡んだものとして直近で有名なのは、群馬県草津町長の黒岩信忠氏を巡る騒動だろう。2019年、黒岩町長に関して、「町議会議員の女性と町長室で関係を強引に持った」という告発を含む電子書籍が発表された。身に覚えがなかった町長は必死に否定したが、相手方の女性は記者会見まで開催。その言い分は世界に広がり、町長は国内外から「加害者」として猛烈な批判を浴びた。のちに女性は町長を刑事告発もする。

 当初、町長の言い分に耳を貸す人は少なく、特にある種の市民団体やその周辺の攻撃は凄まじかったようだ。町長が潔白を主張する行為自体も批判の対象となった。が、結局、女性の告発はまったくの虚偽だったことが現在は明らかとなっている(関連記事:「未だ社民党・福島瑞穂党首からは謝罪がない」 レイプ冤罪が確定「草津町長」が語る虚偽告発に便乗したフェミニストたち)。

 町長の場合、幸いにして当初から警察も女性側の訴えに懐疑的だったため逮捕などはされなかった。しかし、身に覚えのない罪で逮捕されたり、収監されたりした人は少なくない。

 当時、町長を叩いていた人は、断片的で不確かな情報をもとに他人を批判することの危険性を知ったことだろう。ここからどういう教訓を得るべきか。「善悪は明らかだ」などという決めつけは間違いのもと、というのは教訓の一つとなるだろう。

「黙れ!」という横暴さ

 横浜流星の騒動については、ファンクラブが出回っている発言は本人の意図を反映していない旨、公式サイトで声明を出している。発言の一部だけを取り出して論じるのは乱暴で、その場の雰囲気、話の流れ、口調、表情などを総合的に見なければ真意は伝わりづらい――これは常識的な考え方だろう。

 これは佐藤二朗についても同様で、共演者と話した際の雰囲気、話の流れ、口調等々、あらゆる要素が行為の正否の判断材料になる。たとえば同じ「バカ」という発言であっても、ハートマークがついたような言い方もあれば、「!」が何個もならぶような口調もある。両者は区別すべきだろう。

 こうした事情や自分から見た経緯をインタビューで説明しようとした佐藤の行為を否定するのは、ほとんど人権侵害に等しい。「お前に言う資格はない、黙れ!」というのは、一部の被告人には弁護士が要らないというのと変わらない暴論だろう。

 もちろん、誰にでも意見を表明する自由はあり、ニュースなどについて自由に意見を交換できる環境があるのは望ましいことである。しかし自分自身の正しさへの確信が強くなると、暴論や誹謗中傷を発信しやすくなり、また安易に他人を断罪するリスクが高まる。

戦時中の「正義の押し付けがましさ」

 どうすればこうしたリスクを避けることができるのか。己の正義を信じて「許せない」となり、よく知らないことに首を突っ込んでしまう、そんな愚かさから距離を置くにはどうしたらいいか。

 ベストセラー『バカの壁』で知られる養老孟司さんは、同書の続編にあたる『死の壁』(2004年)で、「正義の押し付けがましさ」について、子供の頃の体験も踏まえながら語っている。戦争やテロもまた「自分は絶対に正しい」という間違った確信がもとになっているという面があるだろう。ここで養老さんは「絶対の正義」を振り回してしまいそうな人に、新鮮な視点を提示している。以下、同書をもとに見てみよう。

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戦争と原理主義

 イラク戦争や、このところのテロのニュースを見ていると、日本の大学紛争の頃を思い出します。私は、戦争やテロが嫌いだという以前の問題として、その背後にある原理主義というものが嫌いです。

 戦争やテロが起きるのは、原理主義によるところが大きいということはこれまでにも何度も述べてきました。原理主義、あるいは一元論というものを『バカの壁』でも延々と批判しました。

 一元論に陥ったときに、人は絶対の真実があると思い込んでしまいます。絶対の真実を信じる人は絶対の正義を振りかざします。そういう人には「あんたが絶対正しいと思っていても、寝ている間のあんたはどう考えているんだ」と言いたくなります。人間、人生の三分の一は寝ているわけです。絶対正しい、と思っているのは起きている間の意識に過ぎません。それ以外の寝ている時間もあなたの人生ではないのか、ということです。

 人間は「自分が絶対だと思っていても、それとは別の考え方もあるだろう」というくらいの留保を持ったほうがよい。そうすれば「絶対の正義」を振りかざしてぶつかるということもなくなるのではないかということです。

正義の押し付けがましさ

 大学紛争も、かつての日本の戦争も、いずれも原理主義が大きくかかわっていました。テロのニュースからは大学紛争の頃が思い出されると述べましたが、大学紛争の頃には太平洋戦争のことを思い出したものです。

 一九六〇年代の大学紛争時、運動をしている側の学生が研究室に押しかけてきて「この非常時にのうのうと研究なんかしてやがって」と言ってきました。こいつらは戦争を知らない世代なのに、なぜこんな物言いを知っているのかと思って驚いたものです。それは典型的な戦時中の物言いと同じだったのです。「お国の非常時に一体なにをやっとる」というやつです。

 私は終戦の時にはまだ小学生でしたが、その雰囲気をよく憶えています。田舎から親戚のお姉さんがスカート姿で口紅までして鎌倉に来た。そのとき、「そんな派手な格好でよく平気だったね」などとみんなで言い合っていたものです。

 子供心にも、そういう格好で出歩くとどういうことを言われるか、その空気がわかっていたのです。理屈では、そんなことに目くじらをたてるのがおかしいということもわかっているのですが、その一方でそういう空気も感じていた。

 私自身は、そういう空気というものが好きではありませんでした。子供がそういうふうに感じることが出来たということは、逆に言えば、昨今言われるほどの暗黒時代だったわけではなかったと言えるかもしれません。

 それでも窮屈な空気を押し付ける人はたくさんいました。そして、そういう窮屈さとか厳格さに、ある種の快感を感じている人がたくさんいたのです。

 隣に住んでいたおじさんがその典型で、外に出て八幡様(はちまんさま)の前を通るたびに最敬礼をして拍手(かしわで)を打っていました。今の若い人は、八幡様が戦いの神様だということすらご存じないでしょう。

 こういう人の押し付けがましさというのが、共同体の持つ一つの体質なのです。平等性を求める。「俺がこんなにみんなのために必死になっている時に、お前らなんだ」という押し付けがましさです。こんな人に「お前らが必死になるからいけねえんだ」なんて言うとぶっ殺されそうな空気があったのです。

「みんなのため」には、本当はいろんなことをしなければならないのです。

 みんなが同じことをするということとは違います。それが誤解されてしまっている。いろんな選択肢が消されて一つのことを押し付けてくる。

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 多様性やコンプライアンスが重要であることに異論を挟む人はあまりいない。一方で本当に「みんなのため」になることは何か、その実現のために「窮屈な空気」を他者に強いてはいないか。「寝ている時の自分」に聞いてみる気持ちが大切なのかもしれない。

『死の壁』で語られた、養老さんならではの死生観については、新潮QUEにて公開中の記事【「自分の死についてあれこれ考えても仕方がない」 Nスペが闘病生活を追った「養老孟司」さんの独自の死生観】で詳しく紹介されている。

デイリー新潮編集部

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