急増する「子供が嫌がることはさせない」親のせいで 「失われた30年」はこれからも延々と続く
子供が嫌がることはさせない、という誤解
子供が叱られなくなってもう三十数年。いまや親世代にも叱られた経験がない人が急増しており、そういう親は子供を叱ることができない。
叱るとは暴力やハラスメントとは似て非なるものだ。子供がまちがったことをしたとき、つまり協調性が大切な社会でそれを乱したときや、子供自身の成長を阻んでしまいそうなときに、親や教師が子供を正しく導いてあげるのが「叱る」という行為である。親子、または教師と親とのあいだに信頼関係が築けているかぎり、子供のために「叱る」行為は、ハラスメントと同列に判断されるべきものではない。
ところが、いまの親の多くは、自分自身が叱られた経験がない。このため親自身が、だれかに叱られると過度に落ち込んでしまいがちで、ましてや子供を叱ることなどできない。また、2002年度から小中学校で導入されたゆとり教育では、子供に無理をさせないことが奨励された。子供を叱らない。子供に無理をさせない。そんな流れを受け、教育現場や家庭では、「子供が嫌がることを無理にやらせず、好きなことを伸ばす」という風潮が生じた。それ自体、文科省が定めた方針ではないが、「無理をさせない=嫌な気持ちにさせない」と誤解されてしまった。
先述した個人塾経営者が指摘した状況、すなわち、子供が少しでも嫌がったらやらせない、という風潮は、こうして生まれたと思われる。サッカーのように「好きなこと」なら、とことん伸ばしていいと思っている親が多いから、すぐれた選手が輩出するのかもしれない。一方、遊びの延長ではじまるサッカーと違って、勉強を最初から「好きだ」「おもしろい」と感じる子供は少ない。だが、やっているうちに「おもしろい」と感じるようになる子供は少なくない。おもしろいとまでは思わなくても、意欲が生じるケースは多い。意欲が生まれれば、忍耐できるようにもなる。
だが、子供がそれに気づく前に、親が先回りして子供の可能性の芽を摘んでしまうのである。叱られたことがない若者が厳しい社会に適応できない、という事例はよく耳にする。今後の社会が心配になるが、加えて、せっかくポテンシャルがあったのに、能力を十分に伸ばす機会が得られない子供が急増するとしたら、その子にとって不幸なのはもちろん、それもまた日本社会にとって大きな損失である。このままでは、日本が「失われた30年から」から回復できるとはとても思えない。
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