野中広務氏のような「政治すごろくの設計者」がいない……大混乱の国会閉幕で露呈した自民党の“台本なき国会運営”とは

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 先の衆院選で歴史的な大勝を果たし一転して大きく勢力を伸ばした自民党。高市内閣の高支持率も相まって順風満帆に見えるが果たして実情はどうか。政治学者の御厨貴氏は膨れ上がった議席数からは見えない、自民党の政党としての弱体化に警鐘を鳴らす。結党71年目を迎える自民党が抱える隠れた課題とは――。

〈2026年7月23日に「新潮QUE」で配信した記事をもとに再構成しました〉

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高市政権は「官邸政治から公邸政治へ」

 高市政権についてまず強調したいのは「発足時の高市内閣」と「今の高市内閣」は別物ということです。発足時の高市内閣は少数政権で、日本維新の会とかろうじて連立を組み勇ましいことは言えど、実行できる状況ではなかった。それが年明けの衆院選で一変した。「私を選ぶか、そうでない人を選ぶか」――高市氏は事実上の二者択一を有権者に迫り、政策転換について「総選挙で信任を頂いた上でぜひ力強く進めたい」と言い切った。そうして大勝して以降、高市内閣は現在に至るまで一定の支持率を維持してきた。
 
 なぜ高市政権が支持されてきたのか。それを理解するには直前の3つの政権を振り返る必要があります。

 菅・岸田・石破。この3つはどれも「煮え切らない政権」でした。菅氏は官房長官として非常に優れていましたが、派閥がないことから首相として権力基盤の安定性を欠き、コロナ禍も重なって1年余で退陣。続く岸田内閣は私が「ノンシャラン内閣」と呼んだように肝がなかった。派閥の解散にしても、安倍派に解散を迫りながら麻生派は存続を認めてしまい、総裁としてコントロール力のなさを露呈した。そして石破政権は在任1年の間に衆参両院で敗北。少数与党に転落してしまった。
 
 経済や生活が苦しくなりつつあるのに、政治家は言い訳を並べて助けてくれない。この3つの政権を見せられた国民には自民党への不信感や不満感が積み上がっていました。そこへ高市氏が現れた。自分たちの生活を苦しくした「張本人たち」が出馬する中、きっぱりとした物言いで感情に訴える高市氏に総裁を任せてみようと大量の票が集まったのです。先の衆院選では、はっきりしないこれまでの自民党総裁と、足ばかり引っ張っていた野党に鉄槌を下して、有権者もすっきりしたのではないでしょうか。高市政権の支持の背景にはこの「すっきり感」があったのだと思います。

 もう一つ、高市首相の政権運営スタイルについて触れておきましょう。私はこれを「官邸政治から公邸政治へ」と呼んでいます。安倍氏や菅氏が官邸に官僚を入れて情報を集め政治を動かしたのとは逆に、高市氏は公邸にこもって決断していく。官邸政治をあえてシャットアウトして公邸を主軸に据える首相は、おそらく彼女が初めてです。ただ、「誰も使わず一人でやる」ということは、参謀のいない政権運営でもある。石破政権もそうでしたが、参謀なしに政権を動かし続けることは長期的には疲弊につながっていきます。

弱体化する国対政治

 高市内閣の支持の背景にはSNSなどの「ネット地盤」があると言います。SNSが政治を変えたという話はよく聞きますが、その前にまず、携帯電話の登場で政治家の態度が既に変わっていたことを指摘したい。携帯電話がない時代、選挙人や陳情者への返事はすぐやらずに済みました。ところが携帯電話ができると、公務中でも鳴ったらすぐ確認して、すぐ応対する。このスピード感が長く考えて議論する過程を省いて、結論だけをお互いに都合よく出し合う習慣を生みました。

 そこにSNSが入ってきた。SNSはさらに過激で、議論をすっ飛ばして最初から「あれは敵だ」「殲滅しなければいけない」となる。政治は言葉によって紡がれていくものですが、その側面がSNSの登場でどんどん消えつつあります。国会論戦には制限時間があり、割り当ての中で議論をしますが、SNS空間には時間制限もない。言いたいことを言いたいだけ言って倒したほうが勝ちという場所ですから、これはもはや討論ではなく相手をただなぎ倒すための言葉の連射です。昔の社会党などには論客と呼ばれる人がたくさんおり、追及に立つと独自に集めた資料を持ってきて問題点を示しました。そうしたものが国会審議を意義深くしていましたが、今はそれがない。ネット空間の影響か、国会内での議論も徐々に薄められてきているように思えてなりません。

 また、国会の変容という点で自民党の国対政治の弱体化も顕著です。かつての国対政治は、提出する法案をどれにするか、いつどの法案をつぶすか、などを緻密に仕分けしていき、ある種の演劇のように台本を作ってから国会運営を進めていきました。しかし、今の自民党は派閥もなく、政治のすごろくを描ける党人派の政治家もいない。例えば、党人派の代表格の野中広務氏は半年先まで政治日程が頭に入っていて、日付を挙げたら即座に予定が返ってきました。よくそこまで覚えていますねと聞いたら、「過去のことをどれだけ覚えているか、政治家はそれだけで勝ち負けが決まる」と。かつての野中氏や竹下登氏のような「政治すごろくの設計者」がいなくなって、今の自民党は不安定な砂の上を歩いていくように国会運営を行っています。

 野党全体が弱体化している今はそれでも何とかやっていけるかもしれません。問題は、野党の追及能力が弱ることで「野党はダメだけど自分たちはまだ元気」と、自民党自身が弱っている自覚を持てないことです。

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「新潮QUE」にて公開中の関連記事【野党退潮の裏で進む高市自民の弱体化――結党71年目の自民党はどこへ向かうのか】では、自民党の「保守」の歴史、安倍氏と高市氏の保守観の相違、自民党から見た参政党という課題などについて詳述している。

御厨貴(みくりや・たかし)
1951年東京都生まれ。75 年東京大学法学部卒業、78 年東京都立大学助教授、88 年同教授、ハーバード大学客員研究員を経て、99年政策研究大学院大学教授、2002年東京大学先端科学技術研究センター教授。博士(学術)。専門は日本政治史、オーラル・ヒストリー、公共政策。主著『政策の総合と権力』『馬場恒吾の面目』『権力の館を歩く』『近現代日本を史料で読む』『オーラル・ヒストリーに何ができるか』など。 2018 年紫綬褒章、2024 年瑞宝中綬章を受章。先端科学技術研究センターのフェローや公益財団法人サントリー文化財団理事も務める。

デイリー新潮編集部

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