「家族でダブルス、子どもは二人…」ロマンス詐欺で逮捕の平木理化容疑者、20年前の“幸せな家庭”の夢 ひっそりと姿を消した全仏混合ダブルス覇者

国内 社会

  • ブックマーク

 全仏テニス優勝の名プレイヤーが、ロマンス詐欺の容疑者になった――。7月22日、高知県警に逮捕されたのは、テニスの世界四大大会の一つ、全仏オープンの混合ダブルスで1997年に優勝した平木理化容疑者(54)だった。SNSを使って、鹿児島市の女性から30万円をだまし取った疑いだ。取り調べに「身に覚えがありません」と容疑を否認しているという平木容疑者。2006年に結婚した際には、そのなれそめや新婚当初の日々を「週刊新潮」に夫と共に語っていた。

日本人初の快挙だった全仏混合ダブルス優勝

 1971年生まれの平木容疑者は、レバノンの首都ベイルート出身。テニス選手としてジュニア時代から国内外で活躍し、全国中学生大会ではシングルスで3年連続で決勝に進出。うち1、3年時に優勝を果たした。さらに中学3年生の時に関東オープンテニス一般の部において史上最年少でシングルス優勝を果たすと、高校1年生にしてツアーデビューし、青山学院大学在学中の2年時にプロ入りした。その後は、「学生のための五輪」とも呼ばれるユニバーシアードで混合ダブルス(1993年)と女子ダブルス(1995年)で日本選手初の金メダルを獲得するなど、目覚ましい活躍ぶりだった。

「数々の輝かしい成績の中でも、やはり1997年の全仏オープン混合ダブルス優勝は群を抜いています。インドのマヘシュ・ブパシ選手とコンビを組み、アジア人ペアとしては史上初のグランドスラム優勝、日本人としても全仏オープンの優勝は初めてのことでした。古くは1934年にウィンブルドンでの混合ダブルスで三木龍喜が英国のドロシー・ラウンドとのペアで優勝していますが、平木の優勝はそれ以来の歴史的快挙だったといえます」(スポーツ紙デスク)

週刊新潮「結婚欄」で語っていた“夢”

 2003年にプロを引退した平木容疑者が結婚したのは、2006年3月。華々しい全仏混合ダブルス優勝から9年後のことだった。大学卒業後の1994年にNTTに入社した平木容疑者は、当時、NTTコミュニケーションズ(現・NTTドコモビジネス)に勤務しており、結婚相手は当時の同僚だった同い年の男性・Aさんだった。

 平木容疑者がAさんと共に週刊新潮の人気コラム「結婚欄」に仲睦まじく登場したのは、2006年5月28日に行われた結婚式の約1カ月後に発売された、6月29日号だった。

「実は、私たちは15年前から顔見知りだったのです」

 と語る平木容疑者が明かしたのは、青学2年生の時にサントリージャパンオープンに出場した際、米国の大学に在籍していたAさんが代理店に大会スタッフとして雇われており、選手をサポートする役割を担っていた……というエピソードだ。

「面倒見が良く、外国人選手の間でも評判が良かった。私も、彼が兄に似ていたので好感を持っていました」

 NTT時代、Aさんとは同じビルに勤務していたが、15年の間にAさんの体重が約50キロも増加し、105キロにまでなっていたせいで彼とは気付かなかった。2006年2月の社内交流会で再会したとき、太っていたとはいえ「目元が15年前の彼」だと気付いて意気投合し、1週間後に初デートをすると連日のように会い、電話をした――こうして、再会からわずか1カ月強の3月29日に、入籍を果たしたという。Aさんから「もう一度ツアーに復帰してもらいたい」と告げられていたが、「今後はテニスの普及や大会の運営に携わっていきたい」と誌上で明かしている。

 それでも、平木容疑者は夫の健康・減量を気遣ったのか、Aさんは「毎日朝の5時に起こされ、2時間のテニスの特訓」を受けているとも。ゆくゆくは“家族でダブルスができるよう”子どもは二人欲しいとも語っていたが……。

次ページ:夢見た新婚生活は?

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。