「闇バイト」という言葉の発案者は私です…「ルフィグループ」元最高幹部が明かす組織の実態 「50万円で売られてくるホストの女性客」「はした金で手なずけた弁護士」も

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「日本に戻ることは考えていなかったのでは」

 携帯ゲームで溜まった借金のため、ホストクラブの売り掛け金のため……。そんな事情で組織に加わった末端構成員の“働き”によって得られた犯罪収益。幹部らはそのカネを湯水のように使っていたという。とはいえ、彼らにしても将来や老後のことを考えればあまりに向う見ずに思えてしまう。詐欺によって巨額のカネを手にした彼らのゴールは、一体、どこにあったのか。そんな疑問を栗田氏にぶつけると、思いがけない答えが返ってきた。

「多分、彼らは日本に戻ることを最初から考えていなかったと思うんです。想像の域を出ないんですが、ルフィグループの主だった幹部はほとんどが北海道出身なんですよね。寒い地域で生まれ育った人間は、温かい土地を好む――。これは犯罪者心理としてあるのではないかと思っていて。犯罪まがいのビジネスで私腹を肥やした半グレが、なぜか石垣島や宮古島に流れ着いて店を始めたりするのと同じ理屈です」

 つまり、彼らにとってフィリピンは“逃亡先”ではなく、最初からゴールだったというのである。日本の捜査機関を甘く見ていたこともあり、“捕まる”という意識自体が希薄だったとも栗田氏は言う。

 一方で、渡辺被告や小島被告ら上層部は、組織がいつまでも続くとは考えていなかったようだ。渡辺被告は現地の不動産開発案件に、小島被告は日本のレアなスニーカーの転売ビジネスに手を出していた。そんな商売柄か、小島被告は拘置所で面会を続ける栗田氏の“ファッションチェック”にも余念がなかった。

「僕が面会に訪れると、まず全身の服をチェックしてくるんです。“それ、F.C.R.B.でしょ、俺が組織の中で流行らせたんですよ”なんて言ってくる。フィリピンの富裕層向けに、現地の大きな財閥系グループと組んで転売ルートを作り、月500万円は確保していたと話していました」

 あえて詐欺や広域強盗に手を染める必要などないのでは……、と思うほどのビジネスセンスだ。現地の富裕層との取引現場は、マニラ屈指の高級エリア「BGC」のショッピングモールで、しかも、地下駐車場にシークレットベースを作っていたというからスケールも大きい。

賄賂と人脈

 なぜフィリピンで、これほどまでに大胆な犯罪が可能だったのか。栗田氏自身も取材のため現地入りしているが、そこで痛感したのは「賄賂と人脈がすべてを動かす」現実だったという。

「僕も現地の強いコネクションを持つ仲介者を通じて、官僚や捜査幹部に取材しました。顔とお金で成り立つ世界だと実感しました」

 渡辺被告らのグループはタガログ語をまったく話せなかったが、彼に近しい人物が現地に太いパイプを持っていたことで、犯罪がスムーズに進んだと栗田氏は見る。収容所内では中国系・韓国系のグループも当たり前に詐欺を行っており、「詐欺をやるのが当然」という空気が醸成されていたことも大きかったという。

フィリピン取材は危険と隣り合わせでもあった。夜は外出を控え、運転手を付けるなど安全確保に神経を使ったと明かす。

「行ってよかったとは思いますが、正直、リスク管理には細心の注意を払っていました」

 23年1月、フィリピン側の幹部らの指示で実行された東京・狛江での強盗事件で、住人の90歳女性がバールによる殴打で命を奪われた。以降、日本国内でも“闇バイト強盗”の残忍さが広く知られることとなった。

 この事件をめぐっては実行役だけでなく、フィリピンの幹部4人も逮捕され、組織の実態解明が進められてきた。しかし、彼らは日本の留置場や拘置所に身柄を拘束されながら、外部の関係者と意思疎通を図っていたという。

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