大破した機体の外に「放り出された乗客の死体が散乱」…伝説の「UA232便不時着事故」で生存者が見た「戦場さながらの光景」
「どっかへ消えてしまった」1歳の娘
生と死――。こうした飛行機事故には、ドラマがつきものである。運が良かった例もあればその逆も……。
ローリー・マイクルソンさんは、夫と息子2人、それに1歳になる女の子と232便に乗り込んでいた。緊急着陸にあたっての彼女の心配は、「この1歳の娘を離さずにいられるか」ということだった。不幸にも不安は的中し、墜落の衝撃でローリーさんは気絶してしまう。
機外に脱出する時、夫が尋ねた。「赤ちゃんを抱いているか?」。彼女は泣きながら答えた。「どっかへ消えてしまったの」。その瞬間、夫は機内に引き返そうとしたが、煙と耐え難い熱さで、もはや機内に戻るのは不可能だった。
茫然とたたずむ夫妻の前に、1人の婦人が現れる。婦人は、白と青のフリルの衣を着ていた赤ん坊――「どっかへ消えてしまった」1歳の娘を抱いていたのである。機内で泣いている赤ん坊を助け出し、この夫人に託したのは、遺書を書いていた弁護士のシェメル氏だった。
このような“奇跡”が起こる一方で、不運な巡り合わせで事故機に乗り込んだ人たちもいる。パーマー・レイク市のポール・オリバー市長(39)もそのひとり。予定していた便が機体故障のため、キャンセルとなってしまい、やむなく乗った次の便が232便だった。
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命をかけて兄弟を守った母
2019年7月、生存者たちはコロラド州ゴールデンに集まった。場所は当時の客室乗務員で、その後もユナイテッド航空に勤務していたスーザン・ホワイト氏の自宅。元市長となっていたポール・オリバー氏もそこに招かれ、事故後はスー・シティの病院に4週間ほど入院していたことを明かした。
事故の直後、州兵に救出される姿の写真で注目された当時3歳のスペンサー・ベイリーくんは、ジャーナリスト兼作家として活躍している。2025年のインタビューでは、同乗していた母が命をかけて守ったおかげで、スペンサーさんと兄が助かった事実を明かした。母は兄弟に安全姿勢を取らせ、上から守るように抱きしめていたという。
米国では現在も、生存者の現状などが断続的に報じられている。追悼会などで互いを支え合う姿からは、彼らもまた、痛ましい事故の記憶や“なぜ自分が生き残ったのか”という答えのない問いを抱えて生きている現実がうかがえる。
「傾く方向は常に右なんですよ」――。第1回【機体が地上に激突、火だるまで大破しながら回転…半数以上が助かり“奇跡”と呼ばれた「UA232便不時着事故」 緊張緩和のため上映された“喜劇映画”】では、異変が発生した当初の機内の様子を伝えている。
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