お互いに「生まれ変わっても結婚したい」「わが家の太陽」と… 俳優・山本耕一さんの夫婦愛
“生まれ変わっても耕一とまた結婚したい”
事件レポーターを任されると、毎週1回のコーナーのために俳優の仕事を断ってまで10年以上没頭した。
「山本さん自身が台本を書き、生放送前に川崎さんとやりとりの練習を重ねていました。事件を扱う以上、取材も放送も間違ってはいけないと徹底、アドリブなど言わない」(佐々木さん)
あの名文句まであらかじめ台本に記しておく几帳面さ。細部に目を配る実直な姿勢に、山本さんならと取材に応じた関係者は多かった。
85年に番組終了。
「有名になったのに耕一さんは何ら変わらない。欲がなく頑固で不器用なのも魅力でした」(冨士さん)
レポーターのイメージをなぞるような役柄や仕事は丁重に断る潔さがあった。
女優の道を選んだ愛娘が2000年に結婚、孫も誕生したが千登勢さんは03年、多発性骨髄腫のため66歳で先立ってしまう。以降、テレビ出演は激減。15年にはNHKの番組で過去の映像をもとに若き日の千登勢さんや親子共演の様子を振り返り、懐かしさに目を細めた。
娘家族と暮らしていたが、1月29日、肺がんのため90歳で逝去していたことが、7月6日になって伝わった。
「千登勢は元気な時分から、“生まれ変わっても耕一とまた結婚したい”と照れずに言い、耕一さんは千登勢を“わが家の太陽”と真面目な顔で話していたのを思い出します」(冨士さん)
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