14歳年上の人妻教師に恋した中学生 「男として認められた」8年かけて思いを告げるまで

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【前後編の前編/後編を読む】20年の恋を貫いた結果…余命半年の妻は面会拒否、息子からは「ろくな死に方しない」 47歳夫の「こっちも覚悟の上だった」

 たとえ結婚していても、お互いに好きになったのだからと恋を貫く。それはそれでひとつの「愛の形」である。長年、一緒にいれば周りはいずれ夫婦と認めるものだ。当事者の配偶者を除いては。そして一途な愛を貫いた人たちは、心の底から満足しつつ、だが一片の罪悪感を拭い去ることはできない。なんともせつない話である。

「僕がいけなかったのはわかっているけど、じゃあ、あのときどうしたらよかったのか。結局、誰もがハッピーになる道はなかったのではないかと思うんです。妻にはどんなに謝っても謝りきれないけど」

 新藤琢己さん(47歳・仮名=以下同)はそう言って顔を曇らせた。自分が、自分だけが罰を受ければいいのにと声をつまらせる。

 誰が悪いかと責任者捜しをしてもしかたがないのかもしれない。恋愛はときに残酷なものなのだから。

新任教師に抱いた恋心

 琢己さんは東京郊外のサラリーマンの家に生まれた。3歳違いの姉がいる。母は専業主婦だったが、彼が中学生になるころからパートに出始めた。典型的な「普通の家庭」だったという。両親は子どもたちのしたいことはさせてくれたし、家族で食事に行ったり映画を観に行ったりしていた。

「ふたりとも感情的に怒ったりしなかったし、勉強しなさいと言われたこともない。好きなように生きろ、好きなことをして生きろといつも言われていましたね」

 彼が好きなのはスポーツだった。野球、サッカー、バスケットと球技が得意で、中学時代にはサッカーとバスケット、特例で両方所属し、試合に駆り出されていた。

「ただ、どこかで器用貧乏な自分をわかってもいたんですよね。スポーツには関わっていたいけど、プロ選手になれるタイプではないと思っていた」

 そんな中学生時代に、いつも声をかけてくれる女性教師がいた。麻由美さんという新任教師だった。

「数学の先生だったんですが、僕は数学が苦手で……。でも先生に嫌われたくないから、中学2年生になったころから必死で勉強しました。毎日のように職員室に質問に通って」

 ほのかな恋心が芽生えていた。先生の近くに行きたい、話したい、もっと深く話したいという気持ちが絶え間ない質問を生み出した。数学の成績はどんどん上がり、中学2年生の終わりには高校の数学にまで手をつけていた。

「子どもですから、恋心があってもどうにもならないし、そのなんとも言えない気持ちをどう表現したらいいかもわからなかった。ただ、この人のそばにいたい。あのときの熱烈なその思いは今も覚えています」

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