同性愛者からの相談に「公表する必要は、ありませんよ」…美輪明宏さんの“身震いするような正論” 「ヨイトマケの唄」で日本中が“凄まじき才能”を目の当たりにした日
黒いスーツ姿で“一流エンジニア”を演じた《ヨイトマケの唄》
この朝、美輪さんは、NETテレビ(現・テレビ朝日)の人気ワイド番組「木島則夫モーニングショー」に登場した(当時は「丸山明宏」名)。そして、突然、生放送で「父~ちゃんのため~な~ら、エ~ンヤコ~ラ!と絶叫したのだ。名曲《ヨイトマケの唄》が初めてテレビ放送に乗った瞬間だった。リサイタルで聴いた番組スタッフが、感動のあまり、番組で披露してもらうことになったのだ。
この曲は、美輪さんの子供時代の親友とその母をモデルに、自ら作詞作曲したものだ。この母は、土木工事の肉体労働ひとすじで息子を育て上げた。「ヨイトマケ」とは、建設現場で地ならし作業をする際のかけ声だ。息子は大学を出て、一流エンジニアになった。そんな母を、息子の視点で誇らしく回想する、“母親讃歌”である。この番組で美輪さんは、曲中の“一流エンジニア”を演じ、黒いスーツ姿で登場した。
この反響は大きかった。当時、週刊新潮も《社会派に転身したメケメケ歌手》と題して報じている(1965年4月15日号)。
〈番組が終わってから、「あなたの評価が一度に変わりました」というものから「PTAの席上で歌ってほしい」という依頼まであり、局内でも彼に対する“シスターボーイ丸山”というレッテルは取り去られた感じであった。/彼はこういった“社会派”的な自作の歌を70曲以上も用意しており、「今後、わずかな人でもいいから、自分の歌を通して勇気づけられるような歌手になりたい」そうだから、彼の才能はともかく、その転身ぶりは見事といっていい。〉
あまりの反響に、後日、美輪さんは同番組に“アンコール出演”することになる。
その後の美輪さんの活躍ぶりは、あらためて説明の必要はないだろう。TVのバラエティ番組や人生相談のコメンテーターとして、辛口なことばでズバリ述べることでも有名だった。特にTBSラジオには、「美輪明宏 薔薇色の日曜日」「ズバリ快答! テレフォン身の上相談」「美輪明宏の薔薇色の人生」などで、計45年間も出演し続けた。先日、TBS社長が定例会見で、あらためて美輪さんに感謝と弔意を述べたほどだった。
「身の上相談」では、相談者の年齢が70歳と聞いて「まあ、お若くてよろしいわねえ」とうらやましがったり、同性愛者であることに悩む男性には「公表する必要は、ありませんよ」と断言したりしていた。その理由は「だってあなた、世間一般の方々は、いちいち『わたしは異性愛者です』なんて公表します? 異性愛者だとか同性愛者だとか、そんなことを気にしたり公表したりする必要のない世の中にしていくべきじゃないかしら」ということだった。
【第2回は「『スイッセンガ、イズヲクダサイ……』 美輪明宏さんが描いた“自らの原点” 『戦争文学全集』に掲載された“被爆体験記”の壮絶」】
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