「線香を上げに来る者は誰もいない」 1993年の「山形・中1マット死」事件 賠償を拒否し続ける「元加害少年」たちの“その後” 

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「あれは冤罪」

 さる元少年の父親がいう。

「息子については何も言いません。私たちはあれは冤罪だと思っているんですからね。(賠償責任が認められた判決は)疑わしきは罰するという最低の判決です。子供はやっていないと言っています。私たちは冤罪が晴れることを望むだけです」

 また、別の元少年の母親も、

「話すことなんかありませんよ。ええ、本人は元気にしています。マスコミには何も言いたくありません」

「あいつが生意気だから」

 父・昭平さんがいう。

「今もって彼らの中で線香を上げに来る者は誰もいません。ある少年の祖父はマスコミに“あいつ(児玉家)が、あがすけ(生意気の意味)だからこんな目に遭うんだ”と開き直って語りました。少年たちは本当にこれからも偽りのままに生きていくつもりなのか、と思います。彼らに伝えたいのは今からでも遅くはないから真実を語り、謝罪に来て欲しいということ。有平は死んでしまってもう話すことはできません。だからこそ生きている彼らに真実を話して欲しいのです」

 ***

 この記事は2005年のものだが、それから21年経った今でも、7名中3名が賠償金の支払いを拒否しているのは冒頭で述べた通り。彼らの“反省”の程度は変わっていないと見てよい。

 元少年たちとの戦いを続ける昭平さんは既に77歳。彼らの“逃げ切り”が許されて良いはずはない。生きていれば有平君は47歳。働き盛りの年齢で、既に家庭を持っていたことであろうか。彼がもし加害者たちの見苦しい“逃げの人生”を見たとしたら、一体、何を思うのだろうか。察するに余りあるのである。

 【前編】では、加害少年たちの残酷ないじめと、事件後の無反省な態度について詳報している。彼らが行った悪質なアリバイ工作とは――。

デイリー新潮編集部

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