「ずうっと坊ちゃん1人」…誰も知らなかった“自宅出産の年子4人” 88年「西巣鴨子供置き去り事件」で2人が死亡した理由と母子のその後

  • ブックマーク

母親に置き去りにされた3人

第1回【警官が部屋に踏み込むと「毛布にくるまった女の子が2人」…88年「西巣鴨子供置き去り事件」 誰も知らなかった“14歳兄の未就学”と“妹の存在”】を読む

 1988年7月17日、東京・西巣鴨にあるマンションの一室で、母親に置き去りにされた3人の子供たちが見つかった。しかも、押し入れには乳児の遺体が入ったビニール袋。14歳の長男をはじめ全員の出生届が出されておらず、全員が未就学児だった――。

 映画「誰も知らない」(2004年)のモチーフになった「西巣鴨子供置き去り事件」。発覚に至った経緯と1年後を「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。

(全2回の第2回:以下、「週刊新潮」1988年8月4日号・1989年5月4日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢・肩書き等は掲載当時のものです。敬称略)

 ***

泣きやまない三女にプロレス技

 子供たち3人が福祉事務所に保護された後、7月22日、部屋を捜査していた巣鴨署員は押し入れからビニール袋に入った乳児の腐乱死体を発見した。翌23日、千葉県浦安市で56歳の自営業者と同棲していたA(40)を死体遺棄容疑で逮捕。

 Aの自供によると、これまでに5人の子供を産んだが、長男以外は全員、以前に住んでいた南大塚のマンションで自宅出産した。西巣鴨のマンションで発見された遺体は昭和58年11月に生んだ次男。その翌年の2月3日、仕事から帰ると哺乳瓶を口にしたまま冷たくなっていたので、ビニール袋に入れて押し入れに隠した。昨年10月、南大塚から西巣鴨へ引っ越す際は布団にくるんで運び入れた――。

 さらには、1月に家を出る時、三女(2)を長男に預けてきたといったが、長男はお母さんが一緒に連れて行った」と主張。両者の話に食い違いが出てきたため、少年を追及したところ、少年は三女を死なせたことを認めた。今年の4月下旬、自宅へ遊びに来ていた中学生2人と、泣きやまない三女に対して「泣くな」といってプロレス技などをかけていたところ、死んでしまった。

 少年は三女の遺体を黒いビニール袋に入れて押し入れに隠したが、数日後、バッグに入れて友人と電車で秩父まで出かけ、捨ててきたというのだった。遺体は少年の供述通り秩父の山中で発見され、友人も犯行を認めた。

次ページ:誰一人気づかなかった4人の年子

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。