警官が部屋に踏み込むと「毛布にくるまった女の子が2人」…88年「西巣鴨子供置き去り事件」 誰も知らなかった“14歳兄の未就学”と“妹の存在”

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昭和が終わる間際に

 1988年7月17日、東京・西巣鴨にあるマンションの一室。大家の通報を受けて室内に入った警官は、母親が置き去りにした子供たちを見つけた。映画「誰も知らない」(2004年)のモチーフになった「西巣鴨子供置き去り事件」が発覚した瞬間である。

 捜査が進むにつれ、事件はさらに深刻さを帯びていった。押し入れからはビニール袋に入った乳児の遺体が見つかったのだ。しかも、14歳の長男をはじめ全員の出生届が出されておらず、就学年齢を過ぎても一度も学校へ行っていなかった。長男は母親に代わって妹たちの面倒を見ていたが、末の妹を死なせていたことも判明した。

 育児放棄を含む児童虐待が悲惨な結末を迎える事件は、悲しくも今や定番のニュースとなってしまった。児童虐待の早期発見や防止には周囲の気づきが重要とされているものの、人間関係が希薄になる傾向はいまや止められない。昭和が終わる間際に起きた西巣鴨の事件は、そんな時代の到来を知らせていた。発覚に至った経緯とその後を「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。

(全2回の第1回:以下、「週刊新潮」1988年8月4日号・1989年5月4日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢・肩書き等は掲載当時のものです。敬称略)

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不良の溜まり場にでもなるんじゃないかと

 事件現場は西巣鴨にあるマンションの一室。ここへ昨年(1987年)10月、Aと名乗る女性が引っ越してきた。以下はマンションの大家さんの証言。

「最初、不動産屋から“三越の出張販売員をしてる人で、旦那さんはいないけど、しっかりした人”だと紹介され、私の方も好感を持ちました。母と子2人だという話で、息子の方は身長160センチぐらい、細面でいい顔をしてました。立教中学へ行ってるという話でした。母親はガッチリした体形で、40歳にしては老けてるかなという印象でしたが、その時一度しか会っていません。

 母親は今年の1月頃までは、たまに帰って来ていた様子だったんですが、それ以降帰って来た様子もなく、そのうちに真夜中に、中学生らしい3、4人の声で騒いでいるのが聞こえるようになり、不良の溜まり場にでもなるんじゃないかと心配してたんです」

 2DKで9万円の家賃も数カ月前から支払いが滞った。母親と連絡を取ろうとしても、少年は「電話させます」「手が空きしだい連絡してくると思います」などと答える。

「それで、怪しいなと思って2カ月程前に、三越と、少年が通っているという立教中学へ連絡してみたら、どちらにもそういう人間はいないというのです。ちょうどその頃、少年が夜中にブラブラしているのを、警官に呼びとめられ、2万円も持っていたので大家である私のところに、うちの住人かどうか確かめに来たこともありました」

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