「切り取りでもなんでもいい」31年前の“ビッグ発言”を65歳・田原俊彦が今、振り返る「間違いなく当時はビッグだった」

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プライベートは見せたくない

――渋々会見に応じた、と。

「僕は今でもずっとそうなんだけど、プライベートは見せたくないんですよ。あの時も『結婚します』『テレビ中継します』とか、そういう発表はしたくなかったの。だけど当時のマスコミには、そんな僕を毛嫌いしていた人がいたんだよ。

 だから揚げ足を取られて、僕がやっつけられた。それだけの話なんだ。まるで大事件みたいに話が大きくなっちゃったけれど、僕はあの記者会見が終わってすごく爽快だったの。本当に気分よく家に帰ったからね」

――その直後に事務所を独立して大きな転機となりました。

「あれは33歳の時だったね。もともとタイミング的に、これから自分で自分の人生を歩いていかなくてはいけないと感じていた時期だったので、事務所に『卒業させてください』って言ったんだけど、それがちょうど結婚と重なったから、また大きな反響になったということなんだ」

――ビッグ発言がきっかけで、その後の活動が困難だったことは。

「そういう時代だったから、必然的な流れですよね。前の事務所の子たちと共演はできないし、周りの忖度もあった。でもテレビには出られたし、コンサートもやっていたし、自分には田原俊彦しかできないから、これで生きていくんだっていう覚悟はあったんだ。

 デビューからずっと芸能界でやってきたという自負もあったし、自信もあった。何より、ファンのみなさんがずっと応援してくれていたから、『今に見てろよ!』という気持ちもあったんだよ」

――そんな荒波を乗り越えて今年芸能生活47年目に突入しました。トシちゃんが続けていくうえで大切にしてきたこととは。

「『やりたいことをやり続ける』、もうこれしかないですよ。たった一度の人生なんだから、自分の思うように歩きたいじゃないですか。人のせいにしないで、自分のケツは自分で拭く覚悟を持って生きていけばいいだけの話ですよ。その先どうなるかなんて余計なことは考えずに、歩き続ければいいんですよ」

――そして歩き続けて82枚目となるシングルが発売となりました。新曲の「ナニコレ最高!!!」は、ファンキーなディスコナンバーですよね。

「今までアルバム含めると500曲くらい発表しているんだけど、今年もまた新しい挑戦をしていて、踊れる曲でしょ? MVでも踊りまくっているので、読者のみなさんもぜひ一度見てください」

――往年の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」みたいなトシちゃんがダンサーとディスコで踊っていますね。

「そう。もうね、ジョン・“トシ”ボルタだよ……。(隣の若い編集者を見て)笑ってほしいところなんだけど、このギャグを知らないか。ハハハ(笑)」

 ***

 第2回【オープンカーで六本木を流しても気づかれない、銀座で「お名前は?」…それでも“懐メロ枠”を拒む65歳・田原俊彦】では、現役アイドルであり続ける理由などを語っている。

田原俊彦(たはら・としひこ)
1961年、山梨県生まれ。1979年に「3年B組金八先生」(TBS系)の沢村正治役でデビュー。同ドラマで共演していた同じ事務所の近藤真彦、野村義男と3人でたのきんトリオとして人気に。1980年に「哀愁でいと」で歌手デビュー、スーパーアイドルとして活躍。俳優としてもフジテレビ系ドラマ「ラジオびんびん物語」や「教師びんびん物語」といった「びんびん物語シリーズ」の作品で主演を務める。2026年6月17日に通算82枚目のシングル「ナニコレ最高!!!」をリリースし、7月23日から全国ツアー「Dance with KING of IDOL 2026~パーティはこれからだ!~」をスタート。

福嶋 剛
ライター。1971年生まれ。TV局映像編集、ロケーションコーディネーター、音楽サイトの編集長、ニュースサイトの記者などを経験。ベテランアーティストや元アイドルのインタビューをはじめ、イベントの進行役などエンタメを中心に活動中。

デイリー新潮編集部

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