「助けてほしいと電話が入った」「しゃぶり尽くしたヒモ」…歌手「青江三奈さん」死去後の“極秘結婚”騒動 遺族と関係者が「夫」を信じなかった理由

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遺族が“寝耳に水”だった「入籍」

 美談が一変したのは、7月6日に行われた通夜の席上だった。会見に応じた花氏が、青江さんが亡くなる1カ月半前の5月17日に「入籍していた」と涙ながらに“告白”したのだ。

「三奈から、助けてほしいと電話が入ったのです。残りの人生を一緒に生きようと話し合って、入籍を決めました」

 花氏はこのとき、2月に青江さんから「(自分は先が)長くないからケジメをつけたい」と言われたことを明かし、愛情の“証拠”として「35年前の5月17日に極秘挙式した時の写真」をマスコミに配布した。

 しかし、青江さんを看病していた遺族にとっては寝耳に水。通夜での花氏は相続問題に触れなかったが、嵐の気配は誰の目にも明らかだった。翌日の葬儀では、青江さんの実姉が倒れて救急搬送されたことで場は騒然となった。

 倒れた理由は「2人が入籍したことを知ったショック」と証言したのは、実姉の長女で青江さんの姪にあたる女性である。

「20年前、花と別れた後、叔母は母の前で悔し涙を流していました。叔母はここが痛い、あそこが痛いとうったえる花の肩や腰を、嫌な顔ひとつせずに揉んであげていたんですよ。それほど尽くしていたのに、花は、女流作詞家と深い関係になり叔母を捨てました。その上、数千万円の現金と熱海のマンション、那須の土地を手切れ金としてむしり取ったのです」(2000年7月27日号)

「相続を放棄すべき」と激怒の声

 この女性は、青江さんの入院先で見た花氏の姿にも不信感を抱いていた。

「あの男は、病院で叔母の看病をするわけでもなく、病室と廊下を行ったり来たりして、やせ衰えた叔母をただ見下ろしているだけでした。2人がほんとうに愛し合って入籍したのなら、口を差し挟む理由はありません。しかし、看病していた母や伯父に何の相談もなく、叔母があんなひどい仕打ちをした男と入籍するなんて考えられません」(2000年7月27日号)

 青江さんの兄の妻もまた、きょうだいも2人の結婚を知らなかったと憤った。

「あの花という男は、ウチの主人に静子(青江さんの本名)との入籍を知っていたことにしてくれ、と頼んできました。でに、ウソをつくのはイヤだから断ったのです」(同上)

 別れてからの20年間、青江さんと花氏はほとんど音信不通だったという。だが、結婚によって青江さんの遺産の4分の3が花氏に渡った。芸名「青江三奈」の由来となった小説「恍惚」の作者で、「伊勢佐木町ブルース」などの作詞も手掛けた川内康範氏も、怒りを隠さなかった。

「こんな恥知らずなマネができるのは、花礼二が三奈をしゃぶり尽くしたヒモだったからです。あいつに三奈が稼いだ金を受け取る権利なんかない。相続を放棄すべきですよ」(同上)

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