「小笠原慎之介」はなぜ中日ではなく巨人を選んだのか? 実は金銭面だけではなかった“日本球界復帰”で「古巣に戻らない選手」が少なくない理由

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黒田の伝説

 たまたま広島市民球場での中日戦前に会見が開かれたので、レポーターとして広島に出張していた私も、現場に居合わせました。

 専修大学の同窓ということもあり、それ以前から名古屋に遠征の折には、一緒に食事をする間柄でした。会見を終え、部屋を出る際にすれ違った私に会釈をしてくれたのですが、赤くなった目にカープファンへの強い気持ちを感じました。

 黒田さんはMLBではドジャースとヤンキースという、とりわけ人気の高い2チームで先発投手陣の柱として7年にわたり活躍されました。ドジャース時代の08年と09年にはナショナルリーグ西地区優勝に、ヤンキース時代には12年のアメリカンリーグ東地区優勝に貢献し、カープ時代とは桁外れの高額年俸を手にしていました。

 その黒田さんが日本球界に復帰したのが2015年のことです。

「日本球界復帰」報道が流れた2014年のシーズンオフ、多くのカープファンは「黒田にはカープに戻ってきてほしいが、MLBのような高額の年俸を払う力はカープにはない。悔しいけど、財力のあるチームに持っていかれるのだろう」と、半ばあきらめのムードが広がっていました。

 しかし黒田さんは「現役最後はカープで」という強い気持ちで、年俸は度外視して古巣であるカープ復帰を決めたのです。

 復帰から即、再びエースとしてチームを支え、翌16年、25年ぶりのリーグ優勝に貢献して、この年で現役を引退されました。優勝が決まり、当時の緒方孝市監督(57)を胴上げしたあと、阪神に移籍して同じようにカープに復帰していた新井貴浩(49・現カープ監督)と涙ながらに優勝の喜びを分かち合う姿は、カープファンにとっては忘れられない光景です。

 その一方、MLB挑戦後、古巣ではなく他のチームと契約して日本に復帰した選手も多くいます。

 繰り返しになりますが、プロとして一番自分を高く評価してくれるチームと契約するのは当然のことです。しかし、他のチームと契約する選手の中には別の事情を抱えた人がいるのも事実です。

なぜ、古巣に戻らないのか?

 何かと支障があるので実名は出せませんが、監督やコーチとの折り合いが悪く、そのタイミングでMLBから誘いを受け「このチームでプレーするよりは」という理由でアメリカに渡った選手もいます。

 その選手が日本復帰のタイミングで、まだ古巣の首脳陣が交代していなければ「あのチームには戻りたくない」という気持ちになるのは自然な流れで、古巣復帰という選択肢は最初からありません。

 もう一つ。よくあるのは、日本復帰のタイミングでのチーム事情です。

 MLBに渡った選手が抜けた穴を埋めるべく、チームは動きます。その穴が埋まったあとで選手に「日本に帰るので再び契約したい」という思いがあっても、チーム側は「このタイミングで戻ると言われても、今のチームにあなたの入るポジションはありません」となれば、本人に古巣復帰の意思があっても、それが実現することはありません。

 今回の小笠原のケースがどれに当たるかはわかりませんが、ドラゴンズも調査していたという報道がある一方、成績はともかく、中西聖輝(22)や櫻井頼之介(22)といったルーキーや、2年目の金丸夢斗(23)といった若手がローテーションの一角を担い、涌井秀章(40)や松葉貴大(35)といったベテランですら、なかなか登板機会が与えられないドラゴンズの現状を考えると、チーム事情で獲得に動かなかったとも想像できます。

 入団会見で小笠原は「ジャイアンツの熱意がとても熱くて」「高校の先輩もいるし」などと巨人入団の動機を語っていました。小笠原は親しくしていた選手の一人なので、その人柄もよく知っています。新天地での活躍を心から祈っています。

村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。現在、バンテリンドームナゴヤのDAZNドラゴンズ戦実況、「プロ野球ニュース」(フジテレビONE)などに出演中。

デイリー新潮編集部

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