「長くて回りくどい」 「石破話法」批判を本人はどう受け止めていたか「慣れない芸はやらないほうがいい」

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 国会でさまざまな形で追及されることは大臣としては大きなストレスとなることは想像に難くない。

 ところが意外なことに、石破茂前首相は、衆院選で負けて少数与党となったあとも国会での答弁が嫌ではなかった、それどころか「何でも聞いてください」とすら思っていたのだそうだ。

 一方で自身の「話法」についての批判にはそれなりに頭を悩ませていたという。
首相在任中の1年間を振り返る石破茂氏へのロングインタビューから、「丁寧」とも「回りくどい」ともされた自身の話し方について率直に語った部分を見てみよう。

※新潮社の情報・教養サブスク、新潮QUEの【石破茂、1年間の回顧録――第2回「官邸は和気あいあいとしていた」「媚中というレッテル貼りは無意味」――総選挙敗北以降、何が起きていたのか】を再編集しました。

国会答弁は好きだった

――2024年11月の朝日新聞の記事によると、少数与党となった11月6日に槌道明宏首相秘書官と吉村麻央秘書官を前に、「これから何をどう進めていいのかだろうか」と途方にくれたというエピソードが紹介されています。実際に、そういう場面があったんでしょうか。しつこいようですけど、その頃頭を抱えていたということはないのでしょうか。

石破:そういうことはありません。前回お話しした通り、国会答弁には自信を持っていましたから。

 ただまあ、答弁でいえば時の流れを感じることもあります。

 私が最初に答弁したのが防衛庁長官時代、今から24年前になります。それから防衛大臣、農林水産大臣、地方創生担当大臣でも国会答弁をしました。

 その頃と比べると、最近は総理としての国会答弁についてわかりにくい、長いと言われるようになりました。丁寧に説明すると石破構文なんて言われるわけです。

――そういう批判は耳に届いていたのですね。

石破:もちろん。しかし短く言えば事の本質が伝えられない。悩みといえば、これをどうしたものか、という悩みはずっとありましたね、うん。

――ああ、そこは結構自覚的だったんですね。それでも「石破構文」は維持したわけですか。

石破:実際に年末に臨時国会補正予算を通すための審議において答弁はきちんとしていたはずです。私の答弁に対抗できる質問者がいない、みたいな記事もあったと記憶しています。

 私自身、国会で答弁するのが好きでした。なんでも聞いてください、みたいな気持ちもありましたからね。

 しかし、そうして国会は乗り切れても、分かりにくい、長いといった批判が出てくる。これは結構堪えましたね。

――当時の新聞記事を見ると、石破らしさがない、といった評も見られます。今のお話だと、石破らしさ全開で国会に臨んでいたはずなのに、なんでこうなるのでしょうか。

石破:新聞は事実だけ書いてくれるわけではないですからねえ。

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