大女優なのに笑われることを受け入れた 唯一無二のバラエティタレント、中村玉緒さんが愛された理由

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したたかさと強さ

 だが、そこで中村さんは単に「天然キャラの大女優」として消費されたわけではない。さんまが遠慮なく突っ込めたのは、中村さん自身に笑われることを受け入れる度量の広さがあったからだ。

 大女優の権威を振りかざさず、自分の失敗や勘違いが笑いになれば、一緒になって大きな声で笑う。そこには、芸能界で長く生きてきた人間ならではのしたたかさと強さがあった。

 また、中村さんの生み出す笑いには攻撃性がほとんどなかった。誰かを批判したり、毒舌で切り捨てたりするのではなく、自分自身の言動から自然におかしさが生まれる。だから、子供から高齢者まで幅広い世代の視聴者が安心して笑うことができた。

「さんまのスーパーからくりTV」(TBS系)における中村さんは、番組を象徴する存在の1人だった。この番組には、芸能人としての完成度よりも、本人の素朴さや予測不能な反応によって笑いを生み出す出演者が並んでいた。その中でも彼女は、映画界の大スターという肩書きと、あまりにも無防備な振る舞いとの落差を売りにしていた。

 ただし、彼女の言動をすべて無自覚なものとして捉えるのは正確ではないだろう。長年カメラの前に立ってきた中村さんは、自分が何を期待されているのかを少なからず理解していたはずだ。それでも、計算しているようには見せなかった。天然なのか、サービス精神なのか、本人にも区別がついていないような曖昧さが彼女の魅力だった。

 勝新太郎という巨大な才能のそばで、金銭問題やスキャンダルを含む多くの困難を経験しながら、中村さんは人生を悲劇として語らなかった。つらい出来事さえ、時間がたてばどこかおかしみのある思い出として語り直す。その姿勢が、彼女の笑いに独特の深みを与えていた。

 苦労を知らない人の明るさではない。苦労を十分に知った上で、それでも人前では笑うことを選んだ人の明るさである。だから中村さんの笑顔には、ただ陽気なだけではない温かさがあった。視聴者は彼女の人生を詳しく知らなくても、その笑顔の奥にある強さを無意識に感じ取っていたのではないか。

 上品さと庶民性、苦労と楽天性、映画スターとしての威厳とバラエティでの無防備さ。その一見矛盾する要素をすべてあわせ持っていた中村さんは、唯一無二のバラエティタレントだった。中村玉緒さんの豪快で明るい笑い声は、これからも多くの人の記憶に残り続けるだろう。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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