「ポケットに500円だけ入れて家を出た」虐待家庭から12歳で逃げた少年 韓国ソウルで“ストリートチルドレン”になった30代男性の過酷すぎる半生
【前後編の前編/後編を読む】「韓国ではよくあること…」起業パートナーに裏切られ20代で借金4億ウォン 全財産を渡して母と絶縁した30代韓国人男性が望む「普通の幸せ」
教育熱の高さがしばしば話題になる韓国だが、受験だけでなく、就職や住まいをめぐっても競争の激しい環境とされる。そうした社会で、支えとなるはずの家庭に居場所を見いだせなかった若者は、どこへ押し出されるのか。12歳で家を出て、路上生活、借金、夜の街をくぐり抜けてきた韓国人男性の半生をライターの安宿緑さんが取材した。
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韓国ソウル・江南で育ったと聞けば、多くの人は裕福な家庭を思い浮かべるはずだ。キム・チソンさん(37、仮名)もまた、外から見ればそういう子どもだった。
だが彼は12歳で家を飛び出した。当時、ポケットに入っていたのは5,000ウォン、日本円にして500円ほどだけだった。
1988年に釜山で生まれたキムさんは、ソウルでルームサロンを経営していた両親と離され、5歳まで祖父母に育てられた。ルームサロンとは、女性従業員が同席する個室型の高級酒場を指す。
「記憶の中で、母という存在が登場したのは5歳のときです」
母に連れられてソウルへ移り、江南での暮らしが始まったが、最初からしっくりくるはずもなかった。祖父母に育てられた子どもが、いきなり一緒に暮らすようになった親に情を持てるわけではない。
中学に入っても、傍から見れば暮らし向きは良かった。親は夜の仕事を続けていたためある程度の財力があり、家も新築の3LDKでそれなりに恵まれた家庭に見えた。江南区の中でも、キムさんが住んだのは盤浦洞(パンポドン)という地区で、同級生たちも国会議員や大企業の社長の子どもばかりであった。
だが、家の中で幸福を感じたことはほとんどなかった。むしろ、小遣いを十分にもらえるわけでもなく、友人たちよりひどい暮らしをしている感覚のほうが強かったという。
暴力をふるう父、酒に溺れる母
両親はともにルームサロン勤めで、母は店を実質的に切り盛りしていた。一方で父は定職がなく、ヤクザまがいのような存在だったという。
「父は江南では名の知られた男でしたが、金を持っているわけではなく、暴力ばかりが目立つ人間でした。正直、『死んでほしい』というより『殺したい』と思いました」
稼がないことは問題ではなく、ただ、まともな人間でいてほしかった。しかし、話しかければ殴られるため、学校でお金が必要になっても言い出せない。
そして母は酒に溺れ、夫婦喧嘩が絶えなかった。母に連れられ、父の浮気相手を探しに行くような場面に付き合わされることもあった。両親はつねに怒鳴り、殴り合い、キムさんにとって家は安心して戻れない危険地帯になっていた。そのため、小学校を卒業するまで、自宅と、ソウルに出てきて伯父の家で暮らしていた祖父母のもとを行ったり来たりした。
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