「ポケットに500円だけ入れて家を出た」虐待家庭から12歳で逃げた少年 韓国ソウルで“ストリートチルドレン”になった30代男性の過酷すぎる半生

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友人は「虐待じゃないか」

 学校が終わって塾まで済ませて帰っても、家には誰もいない。つらいことや悔しいことがあっても話す相手はいない。そのくせ親が口にするのは「勉強しろ」だけだった。

 とはいえキムさんは勉強ができなかったわけではなく、特に数学と英語が得意だった。だが、褒められた記憶は薄い。

「自分が勉強する機械みたいに感じました」

 成績だけ求められ、感情の置き場がない子どもは、自分の価値を点数でしか測れなくなる。しかも彼には、その点数を取りに行くための環境すらなかった。家では安心できず、外では周囲の富裕層の同級生たちと比較される。土俵が違うのに、同じレースで競走することを強制される日々だった。

 だが、子どもは与えられた現実を普通だと思い込むしかない。キムさんが小学校の運動会で指をひどく痛め、深夜に友人に支えられて帰宅したときのことだ。母は電話にも出なかったため、ようやく事情を伝えると、寝ているところを起こされたことに腹を立て彼の頬を叩いた。そばにいた友人は泣きながら「これは虐待じゃないか」と言ったが、当時の彼は「親ってみんな子どもを殴るものじゃないのか?」と返したという。

「当時は、それが当たり前だと思っていたんです」

中1で家出、マンションの通路に寝泊まり

「このままこの家にいたら、死ぬ」そう思って中学1年の夏、キムさんはとうとう家を出た。

 持ち出したのは、小さなバッグに詰めたジーンズ1本、白いTシャツ2枚だけ。最初は友人の家にも転がり込んだが、いつまでもいられるわけではない。そこで彼が寝床にしたのが、マンションの屋上へ続く階段の上、屋上ドアの手前にある細い通路のようなスペースだった。

 韓国のマンションには、人がわざわざ上がってこない死角があることが多い。彼はそこで、1か月ほど身体を丸めて寝た。足を伸ばすこともできない。深夜は冷え、警備員に見つかるかもしれない。それでも、そこしか居場所がなかった。

 最もキツかったのは、寝ることだったという。

 虐待がもとで幼いころからパニック障害があり、小さな音でも目が覚める。一度起きると、もう眠れない。親が深夜に帰ってきては喧嘩し、物を投げ、寝ている彼を起こして殴るような家だったため、身体が常に警戒モードに入っていたのだ。

「屋上ではエレベーターの振動、明け方のドアの開閉音、誰かの気配で何度も飛び起きました。食べられないことより、眠れないことのほうがきつかった」

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