母の悲惨な再婚を見て育ち「僕の恋愛観はブレブレです」 “天女”、職場恋愛、アブない愛人を渡り歩いて

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ジャズバーで見た人間関係

 大学時代はアパートを借りて暮らしていた。講義は適当にサボりながらアルバイトに精を出した。アルバイトはいくつも渡り歩いたが、いちばん長く続いたのはジャズバーだった。ここで「いろいろな人生を垣間見た」と彼は言う。

「お客さん同士、スタッフ同士、ライブに出る演奏者同士、さらにそこにいろいろな人がからんで恋愛したり別れたり、憎み合ったり愛し合ったり。濃い人間関係を見ましたね。僕自身、スタッフの女性と恋に落ちて楽しい時間を過ごしたのに、最後は手ひどくフラれて痛い思いもしました。それも含めて青春って感じでしたが」

 就職活動をしなければならない時期が来たが、彼は「まっとうにサラリーマンになれるとは思えなかった」から、ぐずぐずと過ごし、結果、留年ということになった。やりたいことも目指すものもなかった。それでも食べていかなければならないことだけはわかっていた。

「ジャズバーのオーナーに、なにをやりたいんだと聞かれたけど答えられなかった。僕もジャズが大好きになっていたから、ここで雇ってもらえないかとは言ってみましたが、『うちはこんな小さな店だからバイトとしてしか雇えない。ごめん』と。オーナーは、知り合いにいろいろ聞いてくれたんですよ。だけど僕も考えてみたら、ものすごくジャズに詳しいわけではない、バーの接客に誇りを持っているわけでもない、店の経営に興味があるわけでもない。つまりは雇われているその店が好きで、そこにいたいだけだった。人生を甘く見てるなと自分でも思いました」

 それまで彼にとって、「父と母の分まで生きる」ことがすべてだった。どう生きるかについては考えてこなかったのだろう。幼いころ、父が「とうさんは大学に行けなかったから、おまえは行けよ」と言ったことがあった。だから迷いなく進学したのだが、自分の人生をもっと考えれば、専門学校へ行って技術を身につける選択肢もあったはずだった。

「ともかく留年したのだから、自分の人生について考えよう。そう決めたはずなんですけどね……」

「愛人」と噂された年上女性からの「おいでよ」

 バーに来ていた年上の女性と仲よくなった。彼女は「とあるお金持ちの愛人」と噂されていた女性だ。うちにおいでよと言われて、そのまま居着いてしまった。

「週に1度だけ、行ってはいけない日があったから、その日は彼が来ていたんでしょう。僕の物を持ち込まないようにと言われていました。愛人だろうとなんだろうと、彼女は素敵な人だった。しばらくは大丈夫だったんだけど、あるとき店にバレまして。『あの女だけはやめておけ』と言われました。ちょっと危ない筋の人の愛人だったみたいで。でも、本当に情があって気っ風がよくていい女性でした。結局、彼女のほうから『巻き込んだらかわいそう。もう来ないで』と言われました。店にはときどき来ていましたから、僕は未練を断つのが大変だった」

 短い期間だったが、まさに「恋」だったと彼は懐かしそうな目で話してくれた。そして翌年、彼は就職した。

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 記事後編では、就職後も重ねた匡志さんの恋愛と、45歳での「交際0日婚」を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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