母の悲惨な再婚を見て育ち「僕の恋愛観はブレブレです」 “天女”、職場恋愛、アブない愛人を渡り歩いて

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叔父一家の明るさに救われて

 10歳で亡くなった父の死亡保険の受取人は匡志さんだった。母がそっくり取っておいたそのお金で、匡志さんは、とある地方の全寮制の高校に入学した。父の弟である叔父が保護者となってくれた。叔父は「金以外なら何でも頼れ」と言ってくれたそうだ。

「叔父さんは本当に楽しい人で、連休や夏休みなどは叔父のところで過ごしていました。商売をやっているので手伝って、その代わりにごはんを食べさせてもらって。いつも『うちは貧乏だから、すまねえな』と言ってたけど、叔父一家は明るいから、僕は曲がった人生を歩まないですんだと感謝しているんです」

 高校を卒業、奨学金をもらって大学へ進学した。私立だったため、奨学金は数百万円となり、返済には15年以上かかったそうだ。

「ときどき弟には会ってました。寮に会いに来たこともあった。彼は、母を失ったことで、僕より心に穴があいてしまったようでした。7歳で生みの母を亡くし、14歳という多感な時期に新しい母を亡くしているから、彼の心の痛みは相当なものだったと思います。一時期は警察のやっかいになったこともあったけど、大人になってからはむしろ、ひどくまっとうな常識人になっていて、僕は今でも彼を世間の常識の指針にしているところがありますね」

 母の悲惨な再婚を目の当たりにしながら、一方で叔父一家の明るさに触れ、彼の家族観や結婚観はなかなか定まらなかった。女性観、恋愛観も「ブレブレです」と言う。

高校時代に出会った“天女”

「僕の初体験って、高校時代、相手は人妻なんですよ。休みの日に寮から1時間くらいかかる観光地の近くをひとりでぶらぶらしていたら、熱中症みたいになってしまって。人混みを避けて道端で休んでいたら『大丈夫?』と女性に声をかけられた。『うちで休んでいきなさい』と家に入れてもらって、涼しいところで休みました。冷たい飲み物をゴクゴク飲んだ記憶はあるんですが、そこからは夢かうつつかみたいな状態で、あっけなく天国に行っちゃった、みたいな感じ」

 そんなことってあるのだろうかという思いが顔に出たのだろう。「本当ですってば」と匡志さんは笑った。まあ、世の中、なにがあるかわからないから、彼の言葉を信じることにした。

「柔らかくてあったかくて気持ちがいい。そう思いました。あのとき天女に会ったんだと僕は思っているんです。こんないい思いができるなら、もうちょっと生きていたいなと。そう思ったということは、僕自身もあのころ少し病んでいたんだろうとは思いますね」

 その記憶が強烈すぎて、彼は2度とその近くには行けなかった。30代になってから行ってみたことがあるのだが、記憶も曖昧だし、該当する家を見つけ出すこともできなかった。だから「ひょっとしたら熱中症で幻を見たのか、あるいは本当に天女が降りてきたのか」と考えることにしているそうだ。

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