なぜ宮内庁は「雅子さま」ご結婚に猛反対したのか 「祖父の経歴が…」とバツ印を付けた「イジメ」の真相 【ご成婚から33年】
最大の加害者は…
要するに、宮内庁はささいなことで、雅子さんにバツ印を付け、丸々5年の歳月をムダにしたのだ。これはいじめ以外の何物でもない。いじめの最大の加害者は、宮内庁なのである。
それにしても、仮に祖父が何であれ、雅子さん本人とは何の関係もないこと。「三代遡って汚点なし」という宮内庁の考え方は、古色蒼然としていて、もはや今の時代には合わないのではないか。
ベテランの宮内庁記者は、
「宮内庁の体質は、昔から少しも変わっていません」
と、次のように語る。
「例えば、1月6日に内定報道が広がった時点で、宮内庁だけはこれを一切、公には認めませんでした。ですから、19日までのあらゆる対応は外務省がやっていました。小和田家には多数の報道関係者が押しかけていましたが、外務省の職員が窓口になり、その日、雅子さんが家の中で何をし、何を食べ、何を着ていたかといった状況を細かくレクチャーし、予定なども知らせてくれる。ところが、19日以降、宮内庁が仕切るようになってから何日目かには、“もう家の中の様子は一切報告しません”となったものだから、現場に混乱が起こってしまったのです」
19日の婚約会見でも、
「始まる数分前に、お二人が下見のため会場に入ってきました。すでにカメラもマイクもセットされていたので、“ここに座るの”などとやり取りしているところが、一部中継されてしまったのです。こういう場面は微笑ましくて非常にいいと思うんですが、宮内庁は、“会見だけを映す約束だからダメだ”と言うんですよ」
八方塞がりに感じられる
何でも杓子定規に考え、前例のないことは一切しない。それが宮内庁だ。
例えば雅子さんは、婚約会見の時に、帽子とワンピースの、いわゆる“皇室ルック”で現れた。若い女性のファッションとしてはポピュラーではないし、雅子さんにはもっと似合う服装があったようにも思われる。
しかし、紀子さまは同じスタイルの濃紺、三笠宮妃殿下は同じスタイルの水色という前例がある。宮内庁は、
「雅子さんの洋服については全く関知していません」
と言うが、無言の圧力をかけ、暗黙のうちに前例に従わせるイヤらしさは宮内庁のお手のものである。
「宮内庁も形式的になりすぎてはいけません。形式を尊ぶあまりに内容を忘れてしまうという部分はそろそろ変えていかなくては、皇室だけが時代に取り残されることになってしまいます」
と、元東宮侍従の浜尾実氏は心配している。
「お二人には、そうした面はどんどん変えていっていただきたいと思いますが、皇室にはタテとヨコがあるので、実際に変えるのは大変です。皇室の1000年以上の古い歴史、宮中祭祀とか行事、慣習、これタテとするなら、長官をトップに約1000人いる宮内庁の職員がヨコ。雅子さんが、これから新しい皇室作りをしようとする時、タテとヨコの中で八方塞がりに感じられるようなことがあるんじゃないでしょうか」
***
この記事から33年。その後、雅子さまが「適応障害」を発症し、現在に至るまで療養生活を続けられていること、そして発症に伴い、天皇陛下(当時、皇太子殿下)がいわゆる「人格否定発言」により、宮中や宮内庁のあり方に一石を投じられたことを鑑みると、文中の浜尾氏の“心配”が現実のものとなったことがわかる。
宮内庁の旧弊は改まるのか。雅子皇后のご存在は皇室の変革に繋がるのか。今後の注目である。
【前編】では、婚約時に雅子皇后に流れた中傷・陰口について詳報している。
[3/3ページ]

