なぜ宮内庁は「雅子さま」ご結婚に猛反対したのか 「祖父の経歴が…」とバツ印を付けた「イジメ」の真相 【ご成婚から33年】

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率直なご発言

「会見の席で、殿下がチッソのことを発言されておられたのには、驚いてしまいました。随分と率直なご発言だったと思います」

 と言うのは、7年前に雅子さんを初めてお妃候補として推薦した中川融氏(元国連大使)で、

「今度のお妃決定は、宮内庁の英断だったと思いますよ。ただ、やや遅きに失したきらいがあります。私はチッソの件は、お妃選考に関してさして障害になるようなことではないと、初めから思っていたんです。宮内庁は万全を期したいという思いがあったんでしょうが、チッソのことがなければもっと早く小和田さんに決まっていたのは確かだと思います」

 チッソのこととは、雅子さんの母方の祖父である江頭豊氏が、チッソの社長や会長を歴任していたことを指している。

 水俣病を発生させた“公害企業”――チッソに皇太子妃の祖父が関わっていたのではまずい、と宮内庁が判断したというわけだ。

責任がないことは明らか

 確かに、江頭氏は昭和37年に興銀の常務から、チッソの専務取締役に就任し、39年に社長、46年に会長になっている。

 江頭氏が社長の時に、株主総会は大荒れになった。異常な雰囲気の中で、江頭氏は患者から「人殺し社長」とか「水銀を飲め」といった怒号やシュプレヒコールを浴びせられた。水俣病に対する企業責任を認めず、「高飛車な態度だ」と患者から攻撃されたこともある。しかし、

「江頭さんは、第一次の水俣病認定患者の家を詫び状を持って一軒一軒回り、丁寧にお見舞いしてくれました。何度頭を下げて謝罪された。ですから恨みなんてありませんよ。雅子さんが水俣にいらしても、反対なんて起きないんじゃないでしょうか」

 と語る患者もいるし、何よりチッソが水銀の混じった工場廃液を流し始めたのは、江頭氏がチッソに来るはるか前のことなのだ。にもかかわらず、宮内庁はこれを問題にし、一時は殿下に雅子さんを断念させた。藤森昭一長官は、

「江頭氏がチッソの要職にあったことなどから、慎重を期さざるを得なかった。その後、江頭氏は水俣病の発生には無関係で、刑法上の責任がないことが判明した」

 だから交際が復活したと弁明しているが、刑法上の責任がないことなど、誰の目にも初めから明らかだった。

 もし、チッソ問題が、お妃選考で致命的な障害だったと言うのなら、交際を復活したのが大きな誤りということになってしまう。

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