「あんだけウケたのにもったいない!」 ハプニングすら笑いに変える“お笑い怪獣”の真骨頂…「明石家さんま」が最前線で活躍し続ける理由
さんまの原点
よく言われるようにプライベート、仕事のオンもオフもないサービス精神ぶりといえようか。その原点は何か? さんまを追いかけ続けて30年のエムカク著『明石家さんまヒストリー』(1巻、2巻、新潮社)や、吉川圭三著『人間・明石家さんま』(新潮新書)を参考に引用する。
さんまの笑いのセンスは祖父・音一譲りだという。さんまが今も出演している大阪の人気ラジオ番組「MBSヤングタウン」に「音一ファンクラブ」が結成され、電話出演した時のこと。好きな歌手を訊かれ、ピンク・レディーと答え、続けて「どっちが好きか?」と訊かれ、「ワシはピンクの方が好きですな」に皆、ドッカーンと大ウケ。
「徹子の部屋」(テレビ朝日)に出演した時には「僕はおじいちゃんっ子」「おじいちゃんは、(自分を指差し)こんなんです」とも言っている。
さんまの師匠・笑福亭松之助は、精神的支柱そのものだった。19年に93歳で亡くなったが、さんまの番組を見て気がついたことを手紙に書いて、週に3回送ることもある「切手代80円(当時)のつながり」だった。
一方で「芸人は目立たなアカン。反発があったらワシが全部引き受ける。思い切って目立ってこい」とさんまにハッパをかけ、逆に「そんな仕事やらんでもいい。断れ」と、歯止めをかけることもあった。師匠の口癖は「急がず慌てず。あるがままに生きていく」。時に暴走しそうなさんまにとって、貴重なストッパー的存在でもあった。
そんな師匠に背中を押されたさんまが貫いている信念が、
「とにかく思いっきり投球するこっちゃな。怖がっちゃアカンのよ」
松之助はさんまをこう語っている。前掲の『人間・明石家さんま』から。
〈彼(さんま)が皆様から人気をいただいているのは、彼がいつも一生懸命にやっているからでしょう。『今・ここ』を真剣に生きているのが好感を得ているのだと、私は思っています〉
人間思い
ある日、さんまは松之助師匠の息子にこう言ったという。
「自分が年をとったら、師匠の家しか帰るところはない」
師匠に従い、先輩に可愛がられ、後輩からは尊敬されるさんまのオールマイティな性格はどうやって培われたのだろうか。
さんまは産みの母を3歳になる前に亡くした。普段、「母」と言っているのは、実は養母のことだが、そのことはあまり語っていない。それは人としての優しさであり愛情、配慮の問題である。離婚した大竹しのぶには、前夫との間に息子の二千翔がいるが、さんまが今も父親代わりを続けている。それも家族と決めた人への思いやりだろう。
弟が焼死し、辛い時期もあった。ある番組でこう語っている。
「悲しいことも辛いことも、あるとき“全部笑いに変えたんねん”って決めたんや」
常に明るく屈託なく。こんな芸人はさんまをおいて他にいない。さんまにはこそばゆいかもしれないが、そうした「人間思い」の生き様が芸人として、好感を持たれ続けている理由なのではないか。
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