なぜ「ダチョウ倶楽部」は40年も愛されてきたのか 他の芸人とは決定的に違っていたこと
特別ライブ
5月25日、東京国際フォーラムホールAで「ダチョウ倶楽部40周年感謝祭 みんな仲良くくるりんパーティー! ~来るなよ、来るなよ、絶対来てヨォぉぉ~」が開催された。ダチョウ倶楽部の芸歴40周年を祝う特別なライブである。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真】若き日のダチョウ倶楽部。志村さんと上島さんの温泉シーンも
主役であるダチョウ倶楽部の肥後克広と寺門ジモンに加えて、有吉弘行、笑福亭鶴瓶、粗品、出川哲朗、爆笑問題、劇団ひとり、土田晃之、江頭2:50、片岡鶴太郎、カンニング竹山など、幅広い世代の著名な芸人が多数出演していた。
MCを務めたのは、ダチョウ倶楽部と同じ太田プロダクション所属の有吉弘行、劇団ひとり、野呂佳代の3名。これは単なる記念イベントというよりも、ダチョウ倶楽部という存在が日本の芸能界でどれほど広く深く愛されてきたのかということを改めて確認する場になっていた。
ダチョウ倶楽部は、リアクション芸の第一人者として知られている。熱湯風呂、熱々おでんといった彼らのパフォーマンスはもはや伝統芸の域に達している。また、「聞いてないよ」「押すなよ、絶対押すなよ」「どうぞどうぞ」「ムッシュムラムラ」「くるりんぱ」といった彼らのギャグは、テレビを見ていた多くの人の心に深く刻まれている。その芸は、個人のひらめきや瞬発力だけで成立するものではなく、周囲の芸人やタレントを巻き込み、場全体を笑いの共同体に変えてしまう「究極の集団芸」である。
彼らが特別だったのは、キャリアを重ねてからも芸能界の中で「強者」として偉そうに振る舞わなかったことだ。ダチョウ倶楽部は売れっ子であり、長年テレビの第一線にいる。それにもかかわらず、権威をまとうことがなかった。
どれだけ芸歴を重ねても、熱湯風呂に落ち、熱いおでんを押しつけられ、理不尽な目に遭う側に回り続けた。芸能界では、立場が上になるほど、いじられる側からいじる側へと移行していくことが多い。しかし、ダチョウ倶楽部は長く売れ続けても、いじられるポジションを手放そうとしなかった。むしろ、そのことで彼らはますます尊敬され、多くの人に慕われるようになった。
ダチョウ倶楽部の芸は、自分たちだけが目立つ芸ではない。周囲に役割を与える芸である。後輩である有吉や土田が肥後や寺門を容赦なくいじる。出川哲朗がリアクション芸人として彼らに並び立つ。粗品のような世代の違う若い芸人も「ポスト上島竜兵」という役割を押し付けられ、その伝統に接続されていく。ダチョウ倶楽部の芸は、誰かを排除するのではなく、巻き込んでいく。笑いの輪の中に人を入れる。そこに芸能界の人々が彼らを慕う理由がある。
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