税金のムダ批判も…どうなる清瀬市の「夢空間」 鉄道ファンの世代交代で保存車両はSLから寝台車に?

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 2026年3月29日に投開票された東京都清瀬市の市長選挙は、元清瀬市議の原田博美氏が現職を破って当選した。

 新聞・テレビといった報道機関は、原田氏が掲げた「旧中央図書館の再開」といった公約が最大の当選要因と分析している。しかし、原田氏は就任早々に旧中央図書館の再開を断念。目玉公約は早くも暗礁に乗り上げている。

「図書館問題」の陰で…

 選挙戦で敗北した前任市長は、中央図書館をはじめ図書館の廃止を進めた。その一方で、新たに市の目玉になる施設整備にも取り組んでいた。そのひとつが2026年2月1日から清瀬中央公園内でお披露目されている寝台列車「夢空間」のダイニングカーとラウンジカーの2両の展示だ。

 展示されている夢空間とは、1989年にJR東日本が設計・製造してデビューした寝台車だ。当時、すでにブルートレインは斜陽化していた。それにも関わらず、豪華な寝台列車に組み込まれることを前提にして夢空間が開発された理由は、その前年に青函トンネルが開通したことが大きい。

 青函トンネルが開通したことで、北海道と本州は鉄道だけで移動することが可能になった。しかし、東京から札幌までは距離が長く、航空機に対抗することは難しかった。そこで考え出されたのが、乗車時間を単なる移動時間と受け止めず、乗車そのものを優雅な体験へと変えることだった。こうして、JR東日本は東京―北海道間をラグジュアリーに移動できる寝台列車を模索した。

清瀬市が譲受

 しかし、東京と北海道をつなぐ寝台列車には、さまざまな障壁もあった。国鉄が分割民営化してJRが発足したことで旅客会社は6つのエリアに分割されてしまっている。北海道はJR北海道管内、東京はJR東日本管内。管轄するエリアが異なっていても物理的に列車を走らせることは可能だが、そうした管轄をまたぐ列車は削減される傾向が強まっていた。

 そのため、鉄道関係の有識者やファンからは各社のエリアをまたいで走る長距離列車や寝台列車は段階的に廃止されるとの予測が強まっていた。

 国鉄の分割民営化を主導していた自民党は、民営化前の1986年に「会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません」「ブルートレインなど長距離列車もなくなりません」といった新聞広告を打ち出している。この新聞広告によって、国民の間にくすぶる不安の払拭に努めた。

 しかし、新聞広告から40年が経過した現在から俯瞰すると、結果的にJR各社間をまたいで走る長距離列車もブルートレインも絶滅寸前にまで追い込まれていることは間違いない。

 ただ、JRが発足したばかりの頃はバブルの余韻も強く残っていた影響もあって、JR各社は新型車両の開発・製造に力を入れていた。

 東京―北海道を走り抜ける寝台列車は「北斗星」と名付けられ、新生・JRを周知するための象徴的な列車になった。夢空間は北斗星に組み込まれて運行されることがあり、その名が示すように夢のような空間を実現した豪華車両になった。

 豪華列車として脚光を浴びた夢空間は3両しか製造されていない希少性がアダとなり、定期運行には不向きとの理由で2008年に引退する。鉄道業界では50年間にわたって現役で走る車両は珍しくない。そういった観点で見れば、夢空間の引退は早かった。

 引退した翌2009年、夢空間は埼玉県三郷市に開業した商業施設「三井ショッピングパーク・ららぽーと新三郷」の敷地内に保存・展示された。以降、長らく商業施設のシンボルとして親しまれてきたが、清瀬市が譲受することになった。

 清瀬市は図書館併設の公園内に夢空間を保存・展示し、もともと食堂車として使用されてきたことを鑑みて展示車両内でレストラン営業もする。そのかたわら、図書館や児童館と連携した読み聞かせイベントの開催空間として活用するなど、地域住民に役立てることも謳われている。

 市民に資するイベント開催や熱烈なファンがいるとはいえ、夢空間は清瀬市とゆかりがあるわけではない。清瀬市は夢空間の展示・保存にかかる費用をクラウドファンディングで調達したが、それは一部に過ぎない。

 清瀬市とゆかりがない鉄道車両を保存・展示する財源的な余裕があるのなら、もっと市民生活に寄与するような税の使い方があるといった指摘が出ることは当然といえば当然で、税金を使っているとの理由から、新市長のもとで姿を消す可能性がある。

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