大河『真田丸』が第1話から“クライマックス”だったワケ 三谷幸喜が明かした「ある伝説の大河」との関係

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 近年、元気がないと言われるテレビですが、その面白さに再注目してほしいと声をあげているのが脚本家の三谷幸喜さんと時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さん。1960年代初めに生まれた2人は、テレビ黄金時代の熱波を全身に浴びて育ち、仕事にまでしてしまった「元祖テレビっ子」。マニアックな番組の思い出や俳優の小ネタをショートメールで頻繁にやり取りし、その知識を共有する間柄です。

 2人が偏愛する番組と実人生への影響を熱く語り合った対談集『もうひとつ、いいですか?』(新潮社)では、大河ドラマ、海外ドラマ、刑事探偵ドラマ、ホームドラマ、追悼・西田敏行さん、1973年の6つのテーマに沿って、お宝エピソードを惜しみなく披露。

 今回は「大河ドラマ編」から、『真田丸』の名場面のルーツが明かされるパートをご紹介します。(以下、同書より抜粋・再構成)。

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歌舞伎俳優に覚悟を迫った大河出演

ペリー 1978年放送の大河ドラマ『黄金の日日』。「日々」じゃなくて「日日」なのが、すでにただならぬ雰囲気を醸し出しています。主役の呂宋助左衛門(ルソンすけざえもん)を務めた市川染五郎さん、今の白鸚(はくおう)さんは、「この役を受けるのは、ものすごく勇気の要ることだった」とおっしゃっていました。受ければ歌舞伎俳優として伸び盛りの時期に、1年間舞台に出ることができないからです。最終的にはお引き受けになるわけですが、やはり大河に出ることは、俳優さんにそれほどの覚悟を迫る人生の一大事なのだと痛感しました。大河ファンを代表して、白鸚さんの大きな決断に、お礼を申し上げたい。

三谷 僕はこの78年は、本当に助左衛門と共に1年間生き続けていたような気がします。常にこれしか考えていなかった。ずっとそばにいましたね。

ペリー 三谷さんも私も高校生ですよね。原宿に竹の子族が現れ、ピンク・レディーが「UFO」でレコード大賞を獲得したこの年、私と三谷さんは助左衛門に夢中だった……。

三谷 それまでの大河は歴史を変えた偉人的な人物が主人公でしたが、うって変わって商人が主人公というのがまず新鮮でした。目線が低いというか。

ペリー 商人たちの自治区だった堺の自由な空気感を、初めて映像で観られた気がします。そこで底辺にいる者たちが権力に抗う。次々斃(たお)れても、決してあきらめない。

三谷 信長を銃で狙った川谷拓三さん演じる善住坊(ぜんじゅうぼう)の最期は強烈でした。

ペリー あれは忘れられませんよ。首だけ出した形で土に埋められ、その首を道行く人たちに竹のノコギリで切らせるんですよね。あまりに残酷で悲しかった。最期は李麗仙(り れいせん 当時は李礼仙)さん演じる底辺に生きる女・お仙に看取られて。

三谷 うちの小学4年生の息子が運動会でリレーに出る話をよくするんですが、リレーのことをリレー戦、リレー戦って言うんですよ。そうなると僕の頭には李麗仙さんしか浮かばない。

ペリー 脳内に甦るお仙!

三谷 僕にとってリレーセンはこの人だよって、息子に『黄金の日日』を観せました。根津甚八さんのやった五右衛門の釜ゆでシーンも凄かったな。後ろにガーッと倒れるんですよね。よく頭を打たなかったな。

ペリー 鮮烈でしたね。一度は盗賊から足を洗い、船に乗った五右衛門が、天下人になった後も戦を続ける秀吉に怒って伏見城に潜入し、暗殺を企てる。失敗して捕まってどんなに責められても「船だの海だの大嫌いの大苦手だ」と言って堺との関わりを認めず、微笑みながら煮えたぎる釜の湯に身を投げる。その処刑の時、助左(すけざ)は鐘を鳴らすんです。そうやって頂点で人々を支配した秀吉も、最期は豪華な寝室で孤独に、野垂れ死ぬように息絶える……。

三谷 『真田丸』で小日向文世(こひなたふみよ)さん演じる秀吉の最期は、『黄金の日日』の緒形さんのイメージで、同じように鐘を鳴らしました。

ペリー 小日向さんって明るいお茶目な印象がある役者さんなのに、その終焉を非常に寂しい人物として描くのがすごいなと唸りました。ルーツは『黄金の日日』にありましたか。

クライマックスのただ中から始まる物語を

三谷 第1話の始まり方もすごく意識しましたね。大河は主人公の子ども時代から始まるパターンが多いですが、『黄金の日日』の脚本家の市川森一さんは、堺の町が織田軍団に囲まれて、そこからどう脱出するかというところから始めた。これは『真田丸』も同じなんですよ。

ペリー そうだ。真田一族の脱出劇からでした。

三谷 第1話からいきなりクライマックスのただ中にいる感じにしたかった。完全に『黄金の日日』をイメージしていましたね。

ペリー 『真田丸』で、実に38年ぶりに松本白鸚さんが助左衛門役で再登場したのは泣けるサプライズでした。

三谷 『真田丸』では、あの時代に大坂にいた人はみんな登場させたいっていう気持ちがありました。千利休、細川ガラシャ、そして絶対に呂宋助左衛門を出したいなと思ったときに、やってもらうなら白鸚さんだと。

ペリー よくぞ実現して下さった。

三谷 プロデューサーに相談したら、それは夢のような話だけど、どうやって交渉したらいいか分からないと言うので、僕が聞いてみますって直接お電話した。快く、やらせていただきますと言って下さいました。

ペリー さすがですね。『黄金の日日』の最終話では、関ヶ原の戦いに勝利した家康に「堺を閉じて江戸に移れ」と言われた助左衛門が町に火を放ち、ルソンへと旅立つ。「よく聞け、我らは堺を捨てるのではない。我らが堺を持ち去っていくのだ!」。多くの命を奪った権力者の圧力に屈しないという助左衛門の宣言に胸打たれます。

三谷 今観ても、ドラマとしてダントツに面白いんですよね。歴史ものの範疇を超えて面白い。

ペリー 大人になってから観て、その面白さは市川森一さんの作家性が強く打ち出されているからだと分かりました。三谷さんは『鎌倉殿の13人』で向田邦子賞を受賞された際に、第1回の受賞者が市川さんで、自分の力が到底及ばないことは分かっているから、欲しいけどもらってはいけない賞だと思っていたとコメントされましたよね。市川作品への思いが伝わってきました。

三谷 向田さんと市川さんは、僕のもっとも尊敬する先輩ですから。

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※本記事は、『もうひとつ、いいですか?』(新潮社)の一部を抜粋、再編集したものです。

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