夫が海外赴任、LAで専業主婦を強いられて…「子どもとどう接していいかわからない」 元バリキャリ駐妻を追い詰めた“密室育児”の苦悩

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子どもへのイライラの裏に隠れた本当の感情

「もちろんわが子は可愛いですし、何よりも大切な存在です。でも、逃げ場のない毎日に無性にイライラして、大声で怒鳴ったり、つい手を上げてしまったこともあります。誰もが当たり前に育児をこなしているのに、どうして私はうまくいかないんだろうって……。最低な母親ですよね……」(ユキさん)

 これまで仕事を通じて社会と繋がり、自らのキャリアを築いてきた女性が、外国で一日中、子どもと2人きりの生活を余儀なくされる。もともと育児に対して苦手意識を持っていた彼女にとって、その環境がもたらす精神的な負担は相当なものだった。

 密室育児がもたらす閉塞感は、言葉の通じる日本でさえ深刻な社会問題となっている。ましてや、文化も言葉も異なり、頼れる親や知人もいない環境。彼女たちの心がどれほど切羽詰まった状況に追い込まれているか、想像に難くない。

 ユキさんのように、子どもに対して激しく怒りをぶつけた後に、深い自己嫌悪に陥る母親は決して少なくない。カウンセラーの前川さんは心のメカニズムを次のように解説する。

「心理学において、イライラや怒りは『二次感情』と呼ばれます。その根底には、もっと別の、素直で深い『一次感情』が隠れているのです。それは、キャリアを諦めてきた悲しみや孤独への恐怖、異国生活への不安や寂しさ、そして母親としてうまくやれていないのでは……という心もとなさがあったのかもしれません」

 前川さんはカウンセリングを通じて、怒りの下に埋もれた本当の感情を相談者と一緒に紐解き、お母さん自身が穏やかに心を取り戻すためのサポートを行っている。このように、専門的な外部機関に相談することも解決に向けた選択肢の一つだ。

自分の怒りのポイントは、過去の体験にある

 さらに前川さんは、かつて自分自身がわが子への激しい怒りに驚いた経験を例に挙げる。

「子どもがまだ幼いころに、ご飯を残したり食べ物で遊んだりすることに、猛烈なイライラを感じていた時期がありました。なぜこんなに許せないのか。深く振り返ってみると、母の実家が農家だったため、幼少期から食べ物を残すことを厳しく禁じられていた記憶に行き当たったのです。

 私は2時間かけても完食させられ、残すことを許されなかった。だから、目の前で平気でご飯を残す子どもが許せなかったんですね。つまり、過去に頑張ってきた自分を否定されたような気持ちになっていたのです」

 このように自己理解が進むと、これは子どもの問題ではなく、自分自身の問題なんだ、と冷静になれる。背景にある過去の体験や価値観に気付くことで、反射的な怒りを抑えられるようになる、と前川さん。

自分のゆとりの確保が最前線

 とはいえ、子どもと物理的に密着している状態で内面と向き合うのは難しい。自分と向き合う作業には、相当な心のエネルギーが必要だからだ。

 そこで前川さんは、限界を感じている母親たちに、第1ステップとして次のように提案する。

「まずは子どもと一時的に物理的な距離を置き、一人で抱え込まないことです。たとえ自腹を切ってでも、週に1回でも子どもを預けたり、誰かの手を借りることができる時間を確保してください。それを、家族が壊れないための必要経費として夫に理解してもらう。そうやって、自分のゆとりを確保することが最初のステップです」

 子どもに対して怒りを感じる原因の一つには、自身の背景にある悲しみや、自分が守ってきた価値観が目の前で否定されたことへの反応が含まれているのだ。

 異国で孤立し、自分を責めている母親にとって重要なのは、自分の感情の背景を深く理解すること、そして物理的に「自分の時間」を確保することだといえる。

前川由未子さん
金城学院大学経営学部 准教授。臨床心理士、公認心理師。産業組織領域を専門に、これまで5,000人以上の支援に携わる。2025年、海外居住者のメンタルヘルスケアを提供する(株)Taznaを設立。

取材・文/荒木睦美

デイリー新潮編集部

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