田中絹代、司葉子、石原裕次郎…昭和の懐かしき「東京・銀座」を記録した名作映画5選

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昭和30年代の女優たちと銀座の街

〇「銀座二十四帖」(1955年)

 日活が自社制作を再開した翌年、銀座ロケを中心に撮影されたのが本作だ。

 花屋のコニイ(三橋達也)は戦災孤児の面倒をみる、界隈では知られた男だった。その店を訪れた和歌子(月岡夢路)が少女時代にモデルになった絵をめぐり、犯罪組織もからんでひと騒動となる。

 花屋の店員役は浅丘ルリ子で、デビュー直後のまだ15歳だ。7年後には銀座で石原裕次郎と恋人役を演じる。

 その浅丘が和歌子に注文の花を届ける。コニイの店は、旧・三十間堀川と交詢社通りの角あたりだろうか。そこから築地川にかかる采女橋を渡れば、和歌子の実家の料亭だ。

 和歌子の姪・雪乃(北原三枝)が、大阪から上京してきた。この頃、八頭身美人という言葉が流行ったが、北原のスタイルの良さに驚く。雪乃は、今は「GINZA SIX」になっている松坂屋店内のショーに出演する。北原が裕次郎と「狂った果実」で初共演するのは翌年だ。

 その他にも夜のすずらん通り、万年橋を通る都電、建設中の有楽町そごう、築地警察署など多くの銀座風景が映されていてとても楽しい。

 クライマックスは、コニイが銀座の黒幕を追い詰める場面だ。ビルの屋上に出ると、道の向こうに服部時計店、少し離れた所には森永キャラメルの地球儀、そしてすぐ横に鳩居堂の屋上にあったナショナルテレビのネオンが見える。

 このビルは旧・三愛ビルの隣あたりだろうと思っていたら、美術監督・中村公彦のインタビューでセットと明かされていた(「東京人」2009年11月号)。この高い技術力をぜひ見てほしい。

 昭和の映画は、これはどこで撮ったのだろうと推測する楽しみがあるからやめられない。

銀座映画の決定版

〇「銀座の恋の物語」(1962年)

 日活は昭和37(1962)年、調布撮影所に銀座の街のオープンセットを作った。その通称「日活銀座」で、当時のみゆき通りと並木通りを再現している。

 石原裕次郎と浅丘ルリ子が腕を組んで並木通りを歩いていたら、見物客が押し寄せて撮影にならなかっただろう。本作は銀座ロケと「日活銀座」での撮影を組み合わせて作られている。

 早朝、次郎(石原裕次郎)が人力車を引いて四丁目交差点を曲がり晴海通りに出る。三愛ビルはまだ建設中だ。築地方面へ向かう裕次郎と並走しているような爽快感があるシーンだ。やがて万年橋を渡ると東劇の前を曲がり采女橋方面へ行く。その辺りが次郎の住まいだ。

 次郎は画家志望で、音楽家志望の宮本(ジェリー藤尾)と一緒に住んでいる。洋裁店に勤める恋人のチャコ(浅丘ルリ子)もすぐ近くにいる。当時の銀座は地方出身の若者が下宿し、将来を夢見る場所だったのだ。

 やがて2人は婚約するが、チャコは突然行方不明になる。チャコを探す次郎は、銀座松屋の店内アナウンスの声がチャコであることに気づく。放送室には交通事故で記憶を失ったチャコがいた。松屋の特徴である半階の踊り場に、放送室が設置されていたのが分かる。

 記憶を取り戻したチャコと裕次郎が、数寄屋橋交差点を歩くシーンがある。よく見ると、通行人が驚いて振り返っているのが分かり面白い。ゲリラ撮影だったのだろう。

「日活銀座」は観る人に理想の銀座を感じてもらうために作られたのかもしれない。裕次郎とルリ子が歩く明るく華やかな銀座。ここはそういう夢の街だったのだ。

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