国会で「羽田孜君」の名前が久々に呼ばれて 「省エネルック」に注目が集まった理由

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進次郎氏が自虐ネタで

 11日に参議院決算委員会が開かれ、高市早苗首相らが出席して質疑が行われた。イラン情勢を受けたエネルギーの調達状況や物価高対策などをめぐって論戦が交わされたが、その中で“ほっこり”なひと幕もあった。

 立憲民主党の羽田次郎氏が米軍普天間飛行場移設を巡る質問に立ち、西田昌司委員長から指名される際、「羽田孜(つとむ)……羽田次郎君」などと父で元首相の孜氏と2度にわたって呼び間違えられるシーンがあった。

 答弁に立った小泉進次郎防衛相は冒頭で「いまだに父の名前を呼ばれる気持ちはよく分かります」と、同じく元首相を父に持つ立場から次郎氏をおもんぱかる発言をした。

「進次郎氏は初めて国会で質問した衆議院安全保障委員会で、安住淳委員長(当時)に父の純一郎氏と間違えて名を呼ばれた経験があり、今回の発言は実感がこもったものになりましたね」

 と、政治部デスク。

もとは1979年の石油ショック

「次郎氏は父親のトレードマークとされたいわゆる省エネルックを身に着けており、そもそも風貌も父親と似ていますので、西田氏が間違えたのも仕方ないかなと感じました。次郎氏の兄・雄一郎元参院議員もこのスタイルを好んで着ていましたから、西田氏の頭の中では“雄一郎氏と間違えてはいけないぞ、次郎氏だよな”と思いつつ、”それにしても父親も含めてみんな似ているよなぁ”と思ったことから、うっかり孜氏の名前を出してしまったのではないかと推察されますね」(同)

 もともと省エネルックは省エネルギールックに由来し、1979年、第2次石油ショック禍で当時の大平正芳首相が提唱したスタイルだ。この日、次郎氏は紺色の半袖のジャケットを身に着けていた。

「大平氏が官邸で着ている姿を写真で見た方も多いとは思いますが、流行することはありませんでした。が、後に首相に就任する孜氏は愛用。雄一郎、次郎の両氏も愛用したことで『羽田家のユニフォーム』というのが永田町での通り相場です」(同)

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