前科4犯、犯罪と放浪を繰り返した「女子短大生刺殺犯」の半生とは 「受け止めてくれる存在がいないまま、野放しに」 浅草・レッサーパンダ帽殺人事件から四半世紀
新たな被害者は増え続ける
放浪と犯罪を繰り返しながら野放しにされてきたこの若者は、誰も受けとめてくれる人間が存在しないまま、凶悪殺人犯となるのである。
「彼は母親が死んだ事実を今も受け入れておらず、母親と自分が人格的にまだ分離できていないのでしょう。“お母さんが知っている”というのは過去に母親にだけ打ち明けている大事な出来事があったのかもしれません。いずれにせよ、彼は他人への共感を持つ能力に乏しく、やりたいことをしたいと思った時にやってきた。刑の執行と治療の両方を備えた施設で矯正しなければ、類似の事件はこれからも起こります。今後も新たな被害者は増え続けますよ」(小田晋・筑波大学名誉教授)
被害者が浮かばれる時は、果たして来るのか。
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逮捕、起訴後の公判では、Yの生い立ちがさらに詳らかになった。父親にも知的障害があり、職を転々とし、パチスロで生活費のほとんどを食い潰していたばかりか、Yに対しても、青竹で叩いたり、真冬に服を脱がせて外に放り出したりするなどの折檻をしていたこと。母亡き後、一家を支えていた妹が癌を患い、公判中に亡くなったこと。彼の凶暴性が明らかになると同時に、そうした境遇のYをほったらかしにしていた行政や福祉の問題点もまた明らかになり、大きな論議を呼んだのである。
「週刊新潮」2001年8月16・23日号で、被害女性の父はこう述べている。
「今思うことは、娘の死を無駄にせず二度とこんな悲劇が起こらないようにしてほしいということです。しかし、それでも娘は帰ってこない。それだけが本当に悲しい……」
事件から3年後の2004年11月26日、東京地裁はYに無期懲役の判決を下した。Yは控訴したものの、後に取り下げ、判決は確定した。
事件から25年が経った今では、触法障害者の問題はメディアでさまざま報じられるようになってきた。刑務所にいる受刑者のうちの22.9%がIQ69以下の知的障害があるとの統計も出ている(平成18年矯正統計年報)。今も獄中にいると思われるYは、果たして更生しているのだろうか。「レッサーパンダ帽殺人事件」は、今なお、凶悪犯罪をいかに社会が防止するかについて、多くの問いを投げかけている。
【前編】では当時の「週刊新潮」記事を元に、事件の発生と、目撃されていた犯人の異様な言動について記した。
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