前科4犯、犯罪と放浪を繰り返した「女子短大生刺殺犯」の半生とは 「受け止めてくれる存在がいないまま、野放しに」 浅草・レッサーパンダ帽殺人事件から四半世紀
収まらない放浪癖
しかし、再就職してもYの放浪癖は収まらなかった。
ペンキ会社の社長がいう。
「3、4カ月ごとに彼はいなくなりました。家財道具を質に入れたり、サラ金でお金を借りることを覚えたんです。家財一切を質草に入れようとして大騒ぎになったこともありました。弟の金を盗んだこともあり、そうやって得た金で放浪し、なくなると帰ってくる、という繰り返し。札幌駅に彼の運賃を払いに私や父親がよく呼び出されました」
普段は黙々と仕事をするYは、突然、凶暴性がムキだしになる時があったという。
「先輩社員にからかわれたことに腹を立て、ワーワー叫びながらその社員に殴りかかったことがあります。普段は大人しいのに、その落差に驚くばかりで……」(同)
再犯の可能性が大
Yは放浪を繰り返す過程で必然的に犯罪にも手を染めるようになる。
平成3年には窃盗、同5年には、刃渡り30センチのナタを自宅で振り回して銃刀法違反、さらに翌年には、函館で強制わいせつで逮捕されている。
「いきなり34歳の女性の左わき腹にモデルガンを突きつけ、“金を出せ”と脅し、公園に連れ込み、胸や下腹部をまさぐっています。髪が長く足が細い女性が好みらしく、そのタイプを狙ったようです。女性は銀行でお金を下ろす、と言って助けを求め、彼は逮捕されるのです」(担当弁護士)
裁判では、被害女性が、
「厳重に罰して欲しい」
と訴え、検事も、
「このままでは再犯の可能性が大である」
と主張しながら、なぜか判決は懲役3年執行猶予5年。判決即釈放となっている。
「簡易鑑定では善悪の判断ができるという結果が出ました。彼はいろいろなことを鑑定でしゃべっています。小中時代にイジメに遭い、そのため集団への参加に臆病になったこと。家庭の中では父や弟、妹とまともに口をきかず、母親だけが自分のことを分かってくれること。小5の時から授業に全くついていけなくなったことなどです」(弁護士)
今も母親の幻影を追っている
そして、執行猶予中も放浪を繰り返し、今度は平成11年、青森のカラオケ屋で無銭飲食・宿泊で捕まり、執行猶予を取り消されている。今年(2001年)1月、出所したばかりのYは今回の事件へと突き進んでいくのである。弟がいう。
「昔はオヤジも俺ら子供を曲がらないよう一生懸命教育していました。ひっぱたかれたこともあります。でもオヤジも母が死んでからめっきり老けてしまって……。アイツにも何も言わなくなりました。もう誰もアイツを庇おうとは思わなくなったんです」
彼の家庭は、母親の死で完全崩壊していたのである。捜査官によれば、取調べで答えられない質問が飛ぶと、
「お母さんを呼んできて」
「お母さんが知っている」
と、Yは、意味不明の言葉を発するという。
「こっちが“どういうことだ?”と聞いても黙ってしまう。彼は母親の庇護が今であると思っているのかもしれない。今も母親の幻影を追っている感じです」(捜査官)
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