「次に狙うのは横綱」2年ぶり大関復帰の「霧島」 親孝行で角界入りした「不屈の力士」を奮い立たせる愛しき家族【令和の名力士たち】

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幕下生活3年余で十両昇進

 こうして2015年夏場所、陸奥部屋に入門したハグワスレンの四股名は「霧馬山」と決まった。師匠「霧島」の「霧」、故郷で馴染んでいた「馬」、一門の大横綱「双葉山」の「~ばやま」から「山」を用いた、スケールの大きな四股名である。

 霧馬山は入門1年で幕下に昇進するなど、出世は順調だった。ところが、幕下上位に上がると、壁にぶち当たる。ヒザの負傷、そして日本の食事に慣れずに、体重が増加しないことが原因だった。また、日本語の理解力も早い方とは言えなかった。

 陸奥親方はどちらかと言うと、無口な部類である。親方の師匠、井筒親方(元関脇・鶴ヶ峰)も、稽古場でそうであったように、言葉数は少なく指導するタイプだ。

「最初に私が危惧していたように、コミュニケーションが取れないというのがネックでしたね。ですから、食事に連れて行ったりもしましたが、話が弾まない(笑)。本心がわからないんです。ただ、私が何も言わなくても、毎日黙々と稽古をしていて、『強くなりたいんだ』という気持ちは伝わってきました」

 と、陸奥親方は当時を振り返る。

 幕下生活3年余りを経て、霧馬山が十両に昇進したのは、19年春場所のこと。

「十両に上がるまで、モンゴルに帰っちゃいけないと言われていたので、本当にうれしかった」

 と語っていたように、モンゴルへの帰国を許されたことで英気を養った。また、同年秋、横綱・鶴竜(現・音羽山親方)が井筒部屋から陸奥部屋へ移籍。横綱から直接胸を出してもらう稽古が功を奏して、20年初場所では、新入幕で11勝を挙げて敢闘賞を受賞する活躍を見せた。

「次に狙うのは横綱です」

 その後、2023年春場所では関脇で初優勝。この優勝がキッカケになり、同年名古屋場所で大関に昇進を決める。

 昇進をキッカケに、霧馬山は師匠の四股名、霧島へと改名した。

 23年九州場所は、翌春定年を迎える師匠・陸奥親方が地元(九州・鹿児島)での最後の場所となった。場所前から、

「(師匠の)最後の九州場所で、絶対優勝したい」

 と誓っていた霧島。有言実行で2度目の優勝を果たした愛弟子に、

「よくやってくれた。こんなにうれしいことはありません」

 と、師匠は涙を流した。

 陸奥部屋の閉鎖に伴い、24年から、霧島は元鶴竜が率いる音羽山部屋の所属となった。東京スカイツリーからほど近い音羽山部屋は、今年に入って毎場所優勝力士が出るなど、若手力士の成長も著しい。

 3度目の優勝の後に行われた春巡業では、「ファンからの声援も格段に増えた」と、実感した霧島。4月24日には30歳を迎えた。

「もちろん、次に狙うのは横綱です」

 長男・トゥグドゥル君(8ヵ月)の誕生も大きい。

「いつか、息子も力士になってくれたらいいですね」

 この時ばかりは、優しい父親の顔になっていた。

霧島鐡力(きりしま・てつお)
本名、ビャンブチュルン・ハグワスレン。1996年4月24日、モンゴル・ドルノド県出身。2015年夏場所、初土俵。19年春場所、新十両昇進。20年初場所、新入幕。23年春場所、初優勝。名古屋場所、大関昇進。24年名古屋場所、大関陥落。26年春場所、3度目の優勝。大関復帰。186センチ、149キロ。得意は、左四つ、寄り、投げ。陸奥部屋―音羽山部屋所属。

武田葉月
ノンフィクションライター。山形県山形市出身、清泉女子大学文学部卒業。出版社勤務を経て、現職へ。大相撲、アマチュア相撲、世界相撲など、おもに相撲の世界を中心に取材、執筆中。著書に、『横綱』『ドルジ 横綱朝青龍の素顔』(以上、講談社)、『インタビュー ザ・大関』『寺尾常史』『大相撲 想い出の名力士』(以上、双葉社)などがある。

デイリー新潮編集部

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