妻への「劣等感」が消えない 有名企業勤務でシゴデキ、一方の僕は無職で酒びたり…「あなたは悪くない」と支えてくれた妻が別れを告げたワケ
突然の悲劇が…
ところが人生というものは、いつどこで何があるかわからない。娘が産まれ、彼女は保育園の入園時期もあって、育休半ばで仕事に復帰した。彼も必死で子育てをしながらがんばっていたが、ある日突然、会社が倒産した。
「いつものように会社に入ろうとしたら、入り口が封鎖されていたんです。誰も入ってはいけないって。社員たちは青ざめて様子を見守っていたけど、結局、そのまま倒産です。退職金ももらえなかった」
しばらく家事と子育て、お願いと瑛美子さんは明るく言った。あなたが悪いわけじゃない、今は運が悪いだけとも言った。瑛美子さんとしては慰めたつもりなのだろうが、信克さんは「おれはきっと一生、運が悪いんだよ。運を引き込めない人生なんだ」といじける気持ちを止められなかった。
「先は長いんだから、がんばっていこうよと瑛美子は言う。僕のみじめな気持ちは、たぶん彼女にはわからないんだろうなと思いました」
酒が手放せなく
娘を保育園に連れていき、帰宅して家事をすべきか就職活動をすべきかと悩んでいるうちに、ついつい酒に手が伸びる。もともと酒には弱かったのに、いつしか酒のグラスを手放せなくなっていた。
「半年もしないうちに、瑛美子と友人たちがやってきて病院に連れて行かれました。そのときの記憶があまりはっきりしていないんですが、医者に『助けてほしい』と言ったのだけは覚えています。もうそのころは朝から飲んで、娘を保育園にも連れていかない日もありましたから」
すぐに専門病院への入院が決まった。瑛美子さんのところには実家の母親が手伝いに来ていた。およそ半年くらいで、信克さんはようやく我を取り戻した。
「自分がどうしてそんなふうになってしまったのか、なかなか理解ができなかった。でも病院と瑛美子のおかげで徐々に回復していきました。もともと酒なんか好きでもなかったのに、自分の弱さがそうさせた」
彼は瑛美子さんに離婚を申し出た。こんな自分とは別れたほうが妻と娘のためだと思ったのだ。だが瑛美子さんは頑なに「親子3人でがんばっていこう」と彼を励まし続けた。
「退院してから一時期、僕は実家に戻っていたんです。両親が田舎でゆっくりしたほうがいいと言ってくれて。月に1、2回、瑛美子は娘を連れて来てくれた。自己崩壊するのは簡単だったけど、立ち直るにはものすごく時間がかかりました。30代前半になって、ようやく自分が元に戻ってきた感覚があった。それなのにそこでまた不運が……」
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