フジテレビは復活できるのか 大改編から1か月で視聴率微増 かつての強さを生んだ「混成軍」

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港浩一氏の置き土産

 フジの個人視聴率が低い理由は改編しなかった番組にもある。3年前に始まった昼のバラエティ「ぽかぽか」(平日午前11時47分)は低迷したままで一向に浮上しない。

 同番組の同20日の個人視聴率は1.1%。この時間帯の4位。定位置である。バラエティでありながら、若い女性の支持があまりないのも気になる。1位のテレ朝「大下容子ワイド!スクランブル第2部」(平日正午)は2.8%だった。

「ぽかぽか」を始めたのは人権侵害問題の責任を取って退任した港浩一前社長(73)。バラエティ畑の人だ。この番組について幹部連に「絶対に浮上する」と自信満々で語っていたという。その思いは今も変わっていないのだろうか。

 そもそも過去のフジはどうして強かったのだろう。1982年から93年までと04年から10年までは年間3冠王だった。80年代に強かった最大の理由は制作部門の人材が多様だったからだと見ている。

 フジは1970年代、合理化のため、制作部門を切り離し、子会社化した。今になって考えると、驚くべき改革だが、合理化は他局も行っていた。石油ショックで深刻な不況に襲われていたころだ。

 もっとも、フジは1980年に制作子会社の社員の大半を社員化した。ここから快進撃が始まる。子会社にはアルバイト出身の大学中退者やテレビ好きの平凡な若者たちがいた。さらに多くの優秀な高卒社員もいた。もちろん大卒社員もいた。こんな混成軍はフジだけだった。発想の幅が広がったのは当然のことだった。

 一方で1970年代のTBSは新卒社員の採用に指定校制を採用していた。東大や早大、慶大などの学生しか入社試験に応募できなかった。これでは発想の幅が狭くなるだろう。70年代まで民放の雄だったTBSだが、80年代からは低迷期に入る。

 日テレも有名大卒業者が多かったが、1990年前後から人物重視に様変わりする。フジの大成功の影響だ。経験者の中途採用も積極的に行うようになった。

 フジの勝ちも負けも不思議ではない。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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