「ネット選挙」を取材し続けるITジャーナリストが「選挙にそこまでネットが必要か?」と考えるに至った理由…「選挙公報とニュースを読めば2~3時間で争点は分かる」

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ネット選挙が奪った「良質な対話と議論」

 ひと言添える、切り取る対象は、ポジティブでもネガティブでも何でも構わない。情動を刺激するものであればあるほど、アルゴリズムが食い付いてくれるから良い。度し難い卑劣な、非常識な言動を見つけた瞬間、ボーナスタイムに突入だ……。

 朱に交われば赤くなるというが、こんな場所にいて良質な対話や議論が生じるはずがない。

 2005年の衆院選、立候補したホリエモンを追って広島6区へ入り、対立する候補の事務所で話を聞いた時のことをよく思い出す。

 大略、このようなことだった。堀江貴文氏にあまりにも注目が集まり過ぎていて、みんなが浮き足だっているから、どうにも話が通じている気がしない。直接、政策や訴えを聞きにきて、何でも質問してくれたらすべて答えられるように準備しているのに、反応が薄くて残念だ。

 2009年、歴史的な政権交代が起きた夏の総選挙では、京都市役所前での民主党の第一声を配られたばかりのマニュフェスト片手に選挙カーの真正面で聞いた。民主党の現役議員は、どうぞ候補者の選挙事務所へ行って何でも質問してください、マニュフェストに書いてあることは何でもわかっていただけるまでご説明しますよ、と筆者に対して熱心に語りかけた。

一方的な情報の飽和攻撃

 本来、有権者が選挙=政治にきちんと向き合おうとすれば、候補者や違う考えを持った人たちとの対話が不可欠だ。しかし、時間や物理的な制約がある。昔の浅沼事件のようなことが起きても困る。それらをうまく解決するのがネット=SNSであるべきだ。

 難しい話ではない。寄せられた代表的な質問について、日にちを決めて動画やストリーミングで答えたり、演説会のなかで直接答えたり、SNSでやり取りをしたり、それだけのことだ。

 一方的な情報の飽和攻撃でネット上を染め上げる、小賢しい陣取りゲームのようなSNSの使い方は、やはり間違っている。有権者の参政権に資するために解禁されたネット選挙なのに、SNSの選挙活用が候補者サイドに偏り過ぎているからだ。

 また、兵庫県知事選の時の立花孝志氏のごとく、勝手に2馬力選挙に打って出て注目を集め、切り抜きを含めた動画の垂れ流しや拡散を積極的に行うことで、あたかも選挙戦を金儲けの機会にしてしまっている。このようなことが起こるのも、SNSとはより声を大きくして陣取りをした方が勝つ競技場である、といったイメージが定着していることが原因と考えるからでもある。

 と、まあ、先般の選挙にあたってこのようなことを考えていたのだが、「選挙にそこまでネットが必要かね?」と率直に思う。

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