「ご結婚4年目あたりから、雅子さまは一生懸命“作り笑い”をされるように」 「人格否定発言」から22年 皇后陛下を追い詰めたものとは何だったのか 「皇室から見捨てられたと感じておられたはず」

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恒常的にストレスを抱え…

 そもそも雅子さまが昨年(2003年)12月から、公務を休まれるようになったのは、帯状疱疹に罹ったのがその理由だった。

「この病気は極度の疲労と体力の低下によって発症します」

 とは、都内の皮膚科医院の院長である。

「罹るのは、ほとんどお年寄りや免疫力の落ちている人で、健康な体の方であれば、疱疹が広がることはまずありません。雅子さまは恒常的にストレスを抱え、疲労を蓄積していたと推察できます」

 ご成婚から11年。雅子さまがこれまで蓄積してきたストレスは、われわれの想像を絶するものだったに違いない。

 さる精神科医は言う。

「雅子さまは結婚4年目あたりから、顔や体はこわばっているのに、一生懸命に作り笑いをなさるようになりました。頑張りすぎです」

 別の精神科医も続ける。

「雅子さまはかつては全身で笑っていた。しかし、最近は顔の一部だけを動かしているように見えます。笑顔の硬さは心の硬さに結びつきます。雅子さまのストレスは皇室という閉ざされた空間に置かれたことによるものでしょう。子供ができないことで、今のような状態になるのであれば、愛子さまが生まれる前にそうなっていたはず。今はむしろ“男の子を産むためだけに生きているのか”と悩み、生きる目標を見出せないでいることへのストレスだと思います」

「3人目を強く希望したい」

 昨年(2003年)12月、宮内庁の湯浅利夫長官は、秋篠宮夫妻について、

「皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」

 と発言したが、

「雅子さまを深く傷つけましたね。男子誕生というとてつもない重圧を感じると同時に、見捨てられたとも感じたでしょう」(さる皇室関係者)

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 この軽井沢ご滞在時、女官や宮内庁職員は外部の施設に寝泊まりし、時々、健康状態を確認するために別荘を訪ねる程度であった。

 そればかりか、皇太子殿下(当時)も前述の3月だけでなく、4月にも同地を訪れたが、計9日間の日程のうち、別荘に滞在されたのは2日間のみ。その余は地元のホテルにお泊りになったという。

 その間、雅子さまは、近辺を母親や愛子さまと3人でバードウォッチングしながら散歩したり、気分の良い時には別荘地内でドライブをされることもあったが、外に出ることはなかった。食事の材料の買い出しは母親がし、料理はご自分たちで作られていたそうだ。

 後に「週刊新潮」2007年1月4日・11日号は、さる皇室ジャーナリストによる衝撃的な証言を伝えている。

「軽井沢の小和田家の別荘で静養されていた時には、(雅子さまが)別荘の外にまで聞こえる大きな声で叫んでおられることもありました」

 まさにこの軽井沢滞在時は、雅子さまのご病状が最も危機に瀕していた時期であったのだ。そして、その背景にあったのは前述の「お世継ぎ問題」だけではない。他にも、愛子さまの養育と、美智子さまとの“感情のズレ”に関わる“ストレス”が――。その詳細は【後編】で記す。

デイリー新潮編集部

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