馬に睡眠薬、役者がスト、二日酔いで撮休…名優「仲代達矢」が見続けた“ピカソみたいな黒澤明監督”と“壮絶な撮影現場”

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実現しなかった「戦争と平和」

 ともあれ、役者の命懸けの演技も功を奏したのか、「影武者」はカンヌ映画祭でグランプリを受賞。「世界のクロサワ」の評価は揺るぎないものになった。

 僕は、その授賞式に向かう飛行機のなかで、すでに渡されていた次回作「乱」の台本に目を通しました。

 この映画が僕には、最後の黒澤作品になりました。戦国武将の一文字秀虎という役で、撮影の度に4時間もかけてメーキャップを施し、原形を留めないくらい、能面のような顔に変えられました。

 午前9時の撮影開始に間に合わせるには、早朝4時半に起きて、準備をしなければならなかった。にもかかわらず、監督は前の晩にお酒を飲み過ぎたりすると、撮影現場に来るなり、「今日は、二日酔いだから止め」と言い出すことが少なくありませんでした。

 その日一日の撮影は、まるっきりの休み。もちろん、腹立たしくもありましたけど、相手が黒澤監督では、誰も文句は言えません。

「乱」がクランクアップすると、時を経ずして、

「仲代くん、今度は俺、トルストイの『戦争と平和』を撮りたいんだ」

 黒澤監督からはそんなことを打ち明けられていました。しかし、資金が集まらず、それを手掛けることは叶わなかった。

道半ばで旅立った

 黒澤監督は、「乱」の後も素晴らしい作品を生み出していますが、「七人の侍」のように時間と制作費をふんだんにつぎ込んだ映画というわけにはいかなかった。

 晩年、黒澤監督の誕生日にご自宅へ伺った時も、「もう一遍、大きいのがやりたいね」と、口にされていました。念頭に、「戦争と平和」があったのは間違いない。

 黒澤監督を一言で言えば、ピカソみたいな人です。ピカソは青の時代、写実的な絵を描いていたのに、突然、作風を一変させ、ボール紙でギターのオブジェを制作したりもしている。過去の作品に囚われることなく、新たな世界に絶えず挑戦しているわけです。

 黒澤監督もピカソとまったく同じです。新作発表の記者会見で、新聞記者から、「今度の作品のテーマはなんですか?」、そう質問されたことがありましたけど、

「テーマなんてない。俺は、作りたいものを作るんだ」

 と、にべもなかった。

 1998年の秋、黒澤監督は亡くなりました。息を引き取る瞬間まで、次なるステージへと向かい続けていたがゆえに、道半ばで旅立ったのではないかとの印象を未だに拭い切れません。

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 涙が溢れるほど悔しさが募った――。第1回【「なんだよ、お前」憧れの黒澤明監督から強烈ダメ出し…「仲代達矢」が悔し涙を飲んだ「七人の侍」撮影、それでも縁が続いた理由】では、散々だった「七人の侍」撮影現場、それなのに次回の出演を承諾した理由などを明かしている。

デイリー新潮編集部

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