馬に睡眠薬、役者がスト、二日酔いで撮休…名優「仲代達矢」が見続けた“ピカソみたいな黒澤明監督”と“壮絶な撮影現場”

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最大の見せ場は一発OK

「椿三十郎」で、僕の扮した室戸半兵衛は、色黒のメークをし、できるだけ額の出るように老けの鬘を被ったので、見た目はタコ入道のようになった。

 最大の見せ場は、室戸半兵衛と三船さんが演じる椿三十郎の決闘シーン。台本には、「これ以上、2人の決闘については、書けない」としか記されていませんでした。出演者はもちろん、監督もどんな場面になるのか、想像できていなかったはずです。

 ただ、監督からは、ハイッと声をかけたら、すばやく刀を抜けという指示だけを受けていた。なので、僕は撮影の合間を縫って、居合いの稽古を1カ月ほど続けていました。

 そして、いよいよ本番の日、僕は衣装の下にホースを装着されました。その先には、圧搾ボンベが繋がっていて、ホースから血糊が噴き出す仕掛けになっていた。所詮、僕は斬られ役に過ぎません。

 カメラが回ると、三船さんと僕は30秒ほど睨み合い、監督のハイッの声を合図に、揃って刀を抜きました。三船さんが僕の心臓を目掛けて斬りつけるのが、わずかに早かった。その瞬間、ものすごい圧力で血糊が噴き出し、目の前が真っ赤に染まって、後ろに倒れそうになりました。

 もし、ここで倒れたらNGになってしまうだろうなと必死に耐えた。どうやら、僕が踏ん張っている表情を撮るのも、監督にとっては計算の内だったようです。最大の見せ場は一発OKだった。

「影武者」の壮絶な撮影現場

 僕にとって、黒澤映画の初めての主演は「影武者」でした。実は当初、別の俳優に決まっていた。若山富三郎さんが武田信玄役で、その影武者に仕立てられる泥棒役が弟の勝新太郎さんという配役のはずだった。

 ですが、若山さんが、「ウルセエ監督の映画には出られねえよ」と降板してしまい、そこで、勝さんが二役務めることになった。

 黒澤監督は、撮影前のリハーサルをいつも1カ月ほど行っていました。勝さんは、「俺はリハーサルなんてやる役者じゃないんだ」と言い張って、遂に顔を見せなかった。その結果、「仲代、空いてるか?」と、僕のところにオファーが来ることになったのです。

 黒澤監督は、「影武者」でも、リアリティーを追求する姿勢を一貫して崩しませんでした。

 長篠の戦いの場面では、今ならCGで済ましてしまうでしょうけど、実際に馬を100頭以上集めて撮影しました。黒澤監督は、鉄砲の弾を浴び、馬が倒れるシーンをカメラに収めたかった。それで、どうしたかというと、実は、馬に睡眠薬を注射してから走らせたのです。

 当然のごとく、走っている途中で馬がバタバタ倒れていくので、本当に撃たれて事切れたように見えた。騎乗している役者は、地面に放り出されるわけですが、しばらくすると、早い段階で倒れた馬は睡眠薬が切れ、徐々に暴れ始める。黒澤監督の注文は、

「馬は動いてもいいけど、人間は動くな」

 ケガ人が続出した挙げ句、救急車も5台ほど呼ばれた。怒り心頭に発した役者たちは3日間のストライキを決行し、撮影はストップされました。

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