ミセスの「確変」はどれくらい続くか “希代の英雄”ナポレオンは16年(古市憲寿)

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「確変」という言葉がある。もとはパチンコ用語で「確率変動」の略語。大当たりが出た後、次に大当たりを引く確率が大幅にアップするモードのことだ。それが転じて、「一度きっかけをつかめば、何をやってもうまくいくボーナスモード」といった意味で広く使われるようになった。

 例えば活動再開後のMrs. GREEN APPLEがいい例だろう。出す曲が毎回のようにヒットし、音楽チャートでもSNSでも無双状態が続いている。

 確変は言葉こそ新しいが、現象としては古い。ナポレオンは1796年のイタリア遠征で、フランス軍を率いて、瞬く間にオーストリア軍を撃破した。ここからが彼の確変期。1807年のフリートラントの戦いでロシアを破り、ヨーロッパの多くを手中に収めた。

 かつての人々は、このような無双状態を「天命を授かった」などと呼んだ。日本ならば「神懸かり」や「霊験が宿った」だろうか。興味深いのは、それが現代ではパチンコ用語で呼ばれること。あくまでも確率論なのである。もはや「天命」など人知の及ばない神聖性を想定する必要はない、ということなのか。神懸かりがパチンコ用語になったということは、現代人が世界を攻略可能で巨大なシミュレーションとして捉えていることの証左かもしれない。

 いわゆる「脱魔術化」と呼ばれる現象でもある。近代になって、雷は神の怒りではなく放電現象、疫病はたたりではなく細菌やウイルスの感染と考えられるようになった。だが理解の仕方は変わっても、まだ人類は雷をコントロールできないし、パンデミックが起これば右往左往する。同じように、誰もがヒット曲を出せるわけではない。確変は狙っては作り出せないのだ。

 さて、確変は必ず終わりを迎える。アーティストであれ、希代の英雄であれ、確率が通常に戻る日は必ず来てしまう。

 ナポレオンの確変が確実に終わったのは1812年、ロシア遠征の年だろう。総勢60万人ともいわれる大軍がモスクワを目指した。だが異常な寒波が来た。補給も尽き、帰路で軍は崩壊した。その後も信頼していた部下が判断を誤ったり、援軍は一歩遅れて到着したり、散々な時期が続く。皇帝にまで登り詰めたナポレオンだったが、セントヘレナ島での流刑生活で人生を終えた。常に霧と湿気に覆われた古い家屋がついのすみかだったという。

 ミセスはどうだろうか。非常に戦略的に確変という状態を利用しているように見える。子どもや若者の間で支持を獲得しながら、同時に「オールドメディア」と呼ばれるテレビにも積極的に出演している。紅白で完璧なパフォーマンスを披露した後は、正月の配信番組ですっぴんの日常を見せたり、本当に上手。何だか本気で天下を取りにきているように見える。ナポレオンの確変は約16年にわたった。ミセスの時代はどれくらい続くのだろうか。まあそんなこと、余計なお世話ですね。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2026年4月30日号掲載

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