単身赴任先で出会った不倫相手がいきなり上京してきた…「部屋を借りてくれたら別れるから」 妻に疑われ、47歳夫の言い出せない“決意”
友里さんの生い立ちの秘密
単身赴任して2ヶ月、ようやく落ち着いて仕事をスタート地点に戻し、ここから成果を出していこうと思ったころ、店に行ってみると友里さんがひとりでぽつんとカウンターの中にいた。客がひとりもいないのを見るのは初めてだった。
「遅めの時間だったから空いているかもしれないとは思ったけど、誰もいないのは珍しい。どうしたのと言ったら、今日はひどい雨だしやけに寒いし、みなさん里心がついちゃったんじゃないでしょうかと。貸し切りはうれしいなと言ったら、友里が『今日はふたりで飲み明かしますか』と笑って。おかみさんが休めるときは休んでもらうことにしていると彼女は言っていました」
その日、彼は友里さんがおかみさんの養女だと初めて知った。生みの親は、友里さんが産まれてすぐに離婚した。2歳までは母親と一緒にいたのだが、その後、母親は友人だったおかみさんに友里さんを預けたまま行方がわからなくなった。おかみさんは友里さんを自分の子として育てようと決め、係累を探したりあちこちに相談したりして、ようやく家庭裁判所の許可を得て養女としたのだという。
「必死に働いて大学まで出してもらった。就職先で人間関係がうまくいかなくなったとき、『いつ戻ってきてもいいよ』と言ってくれたので甘えて戻ってきた。それでも私がいつでも出ていけるよう、母は私には頼らなかった。脳梗塞で倒れたとき初めて、頼ってもらえたのがうれしかった。だから私はあの人をちゃんと看取らなければと思っている」
友里さんはそんな話をして微笑んだという。そういう関係だったのかと章弘さんは、さまざまな疑問が腑に落ちた。他人行儀というわけではないのだが、一般的な母娘とは少し違う雰囲気が見てとれたからだった。
「僕なんか語れるような家族関係は何もないから、ごく普通の家で育って、ごく普通に結婚しただけと言いました。『それがいちばんじゃないですか』としみじみと友里が言ったのが印象的でした。『でも、私はあの母と出会えて幸せだけど』とも。とてもきれいな笑顔だった」
「寄っていきませんか」
閉店にしてあなたも早く帰ってゆっくりしたほうがいいと章弘さんは言った。友里さんもその気になったのか片付けを始めた。章弘さんはその日、車だったので飲んでいない。送っていくと友里さんが「寄っていきませんか。おいしいコーヒーいれるから」と言った。
「ちょうど飲みたかったんだと言って車を止めました。僕は彼女がおかみさんと一緒に住んでいるとばかり思っていたんです。そんなに時間も遅くなかったし、つい甘えて寄ってしまった。そうしたら彼女、ひとり暮らしだった」
友里さんの部屋は7階、母は同じマンションの3階に住んでいるのだという。会ったらどうしようと思ったのだが、「さっき電話したら、もう半分、眠りかけてた。今ごろはもうすっかり夢の中よ。母は絶対に私の部屋には来ないから。何かあれば電話してくる」と友里さんは言った。
「お互いに、ようやく思いが通じたという気持ちでした。僕は半分、迷う気持ちはあったけど友里に抱きつかれたとき、迷いは消えました」
[2/4ページ]

