ヒットの要素は出そろった 「政治ドラマは当たらない」の“ジンクス”を覆せるか 「銀河の一票」にかかる期待
リアリティーは十分
今回の物語では東京都知事が辞任する。理由は毒まんじゅう(不当な献金)を食ってしまったから。「本当に食っちまうとはなぁ」(鷹臣)。過去にあった本当の話だ。ある法人から不透明なカネを受け取った都知事が、議会の追及を受けて辞任した。もちろん制作側はこの一件を意識しているはず。この点も現実味は申し分なかった。
知事辞任による選挙は50日以内に行うと公職選挙法は定めている。都知事選について民政党の若手有力議員・日山流星(松下洸平)は茉莉にこう言った。「実質、人気投票だからね」。ドラマが都知事選を人気投票と言い切ってしまうのは前代未聞だろうが、これも現実的だった。
都知事選は浮動票が大量にあるから、地盤(組織力)、看板(知名度)、カバン(選挙資金)の3バンが決め手にならない。風を起こせれば誰にでも勝機がある。
これも実例がある。1995年の都知事選のとき、世界都市博覧会の中止を訴えた青島幸男さんが、自民など与野党5党が推した石原信雄・元内閣官房副長官に圧勝した。都市博への反発もあって、青島人気は一気に過熱。組織力など意味を持たなかった。
この作品では茉莉がスナックの雇われママ・月岡あかり(野呂佳代)に都知事選への出馬を促す。善意の塊のような女性だ。茉莉はいずれ自分が都知事になり、東京から国政を変えるつもりだったが、鷹臣と対立し、決別したことから、考えを変えた。
あかりを担ぎ、当選させることで、民政党の旧態依然とした政治を叩きつぶそうとしている。自分よりあかりのほうが人間力で勝ると考えたのだろう。茉莉は副知事になり、あかりを補佐しようとしている。副知事なら政策も実現できる。
都知事選を題材にしたのはうまかった。3バンが物を言う国政選挙では無名の新人にほとんど勝ち目はない。人気投票の都知事選ならチャンスがある。荒唐無稽な物語にならない。一方で選挙戦を見せればエンタメ性が生まれる。スポーツが熱狂を生むのと同じく、勝負事である選挙は人を惹き付けやすい。
民政党の対立候補は日山。ごく普通の市民と若手有力議員の激突に有権者は沸くだろう。視聴者も勝ち負けに熱が入るのではないか。
賢治の言葉も登場
ほかの政治ドラマとの大きな違いは「政治とは何か」まで伝えようとしているところ。それを解き明かすキーワードとして「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉がたびたび登場する。宮沢賢治が『農民芸術概論綱要』に遺した一節だ。茉莉の政治信念になっている。
ぜんたい幸福とは具体的には何か。この作品では社会的に弱い立場の人たちも幸せになることであり、その実現への努力を政治は忘れてはならないということだろう。
鷹臣の後妻で茉莉の継母である桃花(小雪)は足が不自由。鷹臣は桃花の祖父が元首相だから政略結婚したらしい。鷹臣は桃花を対等に見ておらず、この作品はそれを冷ややかに描いている。
茉莉は自分と鷹臣は違うと思っている。だから駅のホームで男性が点字ブロックの上にカバンを置いているのを見て、注意する。それでいて鷹臣と揉めて家を出ると、気が動転し、白杖を手にする視覚障がい者の進路を塞いでしまった。自己嫌悪に陥る。どんなときも弱い人の存在は忘れるなという演出だった。
この作品はハンデのある人の存在をかなり強く意識している。それも旧来の政治ドラマとの大きな差。旧来の政治ドラマはハンデのある人が視野に入ってなかった。
この作品にはもう1つ、エンタメの柱がある。楢ノ木医科大学の新座値利学部長が転落死を遂げ、直後に鷹臣宛てに「おまえが殺した」と書かれた封書が届いた。同病院では5年前、茉莉の実母・瑠璃(本上まなみ)が病気で息を引き取っている。
転落死は瑠璃と関係があるのか。それとも鷹臣は厚労相経験者だから、厚労行政に関係しているのか。この件を茉莉が調べ始めたところ、鷹臣は激高し、2人は決別した。何が真相なのだろう。その謎解きがエンタメである。
黒木は相変わらずうまい。政治の力を信じる純粋な女性にしか見えない。うまいのは当然でもある。2014年、松たか子(48)と主演した映画「小さいおうち」で、世界三大映画祭の1つであるベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞しているのだから。
もっとも、黒木はこのところ役に恵まれない嫌いがある。世界が認める演技力を誇りながら、新たなヒット作となかなか出会えない。この作品は成功させたいだろう。
その条件は整っている。共演の野呂は伸長著しい。この人は性格が演技に出るタイプらしく、親しみやすい好人物を演じたら、ピカイチだ。
脚本は傑作の呼び声が高かったNHK「舟を編む」(2024年)の蛭田直美氏、チーフ演出はやはり絶賛されたNHK-BS「団地のふたり」(24年)の松本佳奈氏だ。
これ以上ないほどの布陣が整っている。
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