なぜ球審に「バット直撃」の悲劇が相次ぐのか…バットが「折れやすくなった」「スイング後に手から離れる」のには理由があった
「狭き門」
川上球審の事故を受けてNPBはすぐ18日から「球審はヘルメット着用するよう」通達した。これまでも一部の球審は自主的にヘルメットをかぶっていたが、大半の審判は帽子にマスクをつけるだけの姿で捕手の後ろに立っていた。
「球審の防具は、昔に比べたらずいぶん強度が上がりました。胸につけるプロテクターも頑丈になりましたし、脛にはレガースを付け、シューズも球審は安全靴のような鉄板の入った重いシューズを履いています。全身で5-6kgくらいの装備はつけていると思います。ただ、キレのいいジャッジをするために右腕には何もつけないなど、カバーしきれない場所があるのも確かです」
深谷球審の場合、その無防備な右腕に折れたバットが直撃した。
「審判用のヘルメットは市販されていません。だからキャッチャー用ヘルメットを使う審判が多いと思います。後頭部も覆う形であることは重要です」
川上球審は4月15日に30歳になったばかり。これが「夢にまで見た」NPB一軍戦での球審デビューだった。プロ野球審判への道は、ある意味、プロ野球選手になるより大変な「狭き門」かもしれない。山崎さんが教えてくれた。
「2013年にNPBアンパイア・スクールが開設されました。いまはこの学校に入ることがプロ野球審判への第一歩です。毎年150人前後の応募者がありますが、その中で仮採用されるのは4人から6人程度です。彼らはまず“準育成審判”として独立リーグ(四国アイランドリーグかBCリーグ)に派遣されて実戦経験を積みます。年間100試合程度でしょうか。その後、秋のフェニックスリーグで18試合、うち球審を6試合経験し、認められた審判だけが採用されます。準育成審判になっても、NPBに採用されない審判も残念ながらたくさんいます。
周りが見えて気が利く
川上審判員は、2017年にアンパイア・スクールを修了し、2018年にBCリーグで研修。2019年からNPBの審判員になりました。私が退任したのが2018年ですから、ちょうど入れ替わりです。川上君は同じ新潟県の出身ですから、研修時代からずっとその成長を楽しみに応援していました」
高田高校野球部出身の山崎さんは新潟県出身のNPB審判第一号。そして中越高校野球部出身の川上審判員は二人目なのだ。
「川上君は新潟県出身者らしく、コツコツと真面目に努力するタイプ。派手なことはやらない。いまの時代の審判員に必要な資質を持った人材だと私は思っています」
そう言って、興味深い「プロ野球界の変化」を話してくれた。
「ビデオ判定が導入された功罪はいろいろありますが、“功”の部分で言えば、昔のようにいきなり血相を変えて飛び出してくる監督はいなくなりました。ビデオ判定がありますから、冷静な話し合いができる。ハッタリや“顔”が効く時代じゃなくなったのです。だから審判にも、正確な技術と丁寧な対応力が求められるようになっていると思います。川上君は、そういう新しい時代に求められる人間性を兼ね備えています」
川上審判員が審判に興味を抱いたのは高校2年のころからだと、ニュース報道の中で報じられていた。そこで、出身校である中越高校野球部の本田仁哉監督に話を聞かせてもらった。
「2年生のころ、ノックの打球に飛び込んでケガをして、しばらく投げられない時期があった。その時、裏方の仕事をする中で、紅白戦の審判もやってもらった。川上は左投げ左打ちの投手兼一塁手。戦力として頼りになる存在でしたが、それ以上にチームを束ねる気配りが飛び抜けていました。周りが見えて、気が利く。そういう人間だから、紅白戦で審判をやってもらった時、『上手いな』と思った記憶が鮮やかに残っています」
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