「どないしょ。殺してもた…」 ICレコーダーに残された犯人の「おぞましい肉声」 2億5000万円の保険がかけられた会社社長を、役員がネクタイで絞殺 【事件から20年】
C子を直撃すると……
実は、事件に新たな展開が見えかけたことがあった。渦中のC子が07年1月、三田署に逮捕されたのである。直接の容疑は50万円の児童扶養手当詐取。年収をごまかし、三田市から補助金をだまし取った疑いだが、むろん捜査当局の狙いは別にあった。B社長殺害事件の全容解明にほかならない。
繰り返すまでもなく、事件は会社の不正経理が引き金になっており、2億5000万円もの経営者保険の加入も含め、それらに関わってきたのが、C子である。捜査当局も、間違いなくそうにらみ、最後の勝負をかけたのである。しかし、彼女は20日間に及ぶ勾留延長をされながら、その後、釈放された。
複雑に絡み合い、混沌(こんとん)とする疑念と謎。それらについて、本人を直撃し、尋ねてみた。まずは不正経理についてだ。
「もし私に問題があればね、会社側から訴えられてると思うんですね。でも、そういう訴えもありません。私自身は社長の指示に従ってやってきたと思ってるのでね」
会社への説明と同じ返答だ。会社に返済すべき300万円の横領疑惑については、こう釈明する。
「それは私が会社を辞める前にね、社長が使い込んだとなってる内容を警察にも説明しました。それで納得したかどうかは分かりませんけど、一応一通りの流れというのはお話ししてあります。それで疑問があれば、私はもっと呼ばれてると思うんですが、それもない」
B社長殺害は不正経理の口封じではないか、という検察官の指摘やAとの男女関係について聞くと、こう答える。
「うわさは耳にしましたけど、そういうのはないんですね」
ボイスレコーダーに残された声は事件解明の決定打とはならず
取材を迷惑がっているが、質問に対しては極めて冷静。 むしろ冗舌でさえある。そういえば、ボイスレコーダーに残っている中年女性の声とどことなく似ている。あの日、犯行現場にいたのではないか――。 ズバリそうぶつけてみた。
「警察でも言ったんですけどね。事件は次の日に知人から電話があって初めて知ったくらいです。えーって。警察でも事件当夜はどこにいましたか、と聞かれ、自宅におりましたと言いました」
警察からボイスレコーダーの件について聞かれなかったか――
「そんな話、初めて聞きました。(レコーダーが)あったなんていう話も一切聞いてません。当日、私は子供と一緒で、元の旦那と電話で話をしてたんです。ほとんど毎日、子供おるんか、何か変わったことないかって感じで話をしていますから。あのときもそうでした」
前記の通り、児童扶養手当の詐取容疑でC子を逮捕した三田警察署は、20日間も身柄を勾留した。むろんB社長殺害事件についても彼女は事情を聴かれ、担当検事からも尋問を受けている。しかし、問われた罪は50万円の補助金詐欺のみだ。思えば、Aが京都の事件で逮捕された時も、同じように20日間勾留されながら、否認を通し続け、釈放された「自供さえしなければ」というAの“教え”が彼女の中で生きたということか。
声紋鑑定などが行われたはずだが、ボイスレコーダーに残された声は事件解明の決定打とはならなかった。
次ページ:“プレゼントはこれから要りません。だから、お父さんを返してください”
[3/4ページ]

