【風、薫る】りんを助けた“洋装の紳士”に地元・埼玉県羽生市は歓喜… まんじゅうの名にもなる「清水卯三郎」は何者か

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世界を股にかけた人物

 ドラマの中では、店先にウサギの置物が置かれ、見たことのない洋書や舶来品の数々が所狭しと並ぶ、ちょっぴり不思議な雰囲気の瑞穂屋……これもまた実在の店舗だったのだ。かつては“丸善のライバル店”と称されていたともいう説もある大店だ。

「卯三郎の功績としては、先述のとおり1867年のパリ万博に参加し、表彰を受けたことがあげられます。幕府の援助のもと、日本人の“商人”としては唯一でした。水茶屋を再現したパビリオンを開き、日本から芸者も連れていったそうです。とても好評を博し、ナポレオン3世から卯三郎の名が刻まれた銀メダルを授与されたんですよ」

 同行した渋沢栄一はパリからそのまま帰国したが、民間人の卯三郎はイギリス、アメリカも視察。持ち帰った商品を瑞穂屋に並べたようだ。

「例えば、歯科器材。当時、技術的に最先端だったアメリカで使われていた歯科器材を、卯三郎は初めて日本に輸入しています。日本国内の歯科学の発展に寄与したところはすごく功績としては大きいです」

 考古学を専門とする山﨑さんから見た、卯三郎の功績は。

「陶器着色法です。私は江戸時代や明治時代の遺跡を調査する機会もあるのですが、明治に入ってからガラッと陶磁器の絵付けの技法が変わっています。“コバルト染め付け”と呼ばれ、その顔料であるコバルトを輸入したのも卯三郎なんですよね。それ以前は、呉須(ごす)という顔料が主流でした。そのほかにも活版機械や西洋花火を持ち帰ったり、ひらがなの使用を推進したりもしています。積極的に外国や異文化に触れる行動力がとても強く、貿易の観点から日本の近代化に貢献した人物と言えると思います」

“羽生市の星”となった大物実業家・卯三郎。市民プラザ前には銅像が立ち、また、土産物にもぴったりの、その名を冠したものがあるそう。

「羽生市内の老舗和菓子店では、『うさぶろうまんじゅう』という銘菓を販売しています。黒糖の風味豊かなモチモチ食感の生地が人気ですよ。あと、羽生市の伝統的なお菓子としては“いがまんじゅう”という、お饅頭の周りに赤飯をまぶしたお菓子も。ぜひ、これをきっかけに、卯三郎生誕の地である羽生市に遊びに来ていただけたらと思っています」

 東京駅からは車で1時間、電車で2時間ほど。卯三郎ゆかりの羽生市に、おいしいまんじゅうを買いに訪れてみては。

取材・文/武蔵野りり子

デイリー新潮編集部

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