伝説の「バックスクリーン3連発」も生んだ…球史を変えた“たったひとつの落球”

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 プロ野球選手でもエラーはつきもの。時には何でもないイージーフライをポロリと落とすこともある。試合の大勢にあまり影響のないケースならご愛嬌で済むことが多いが、過去にはひとつの落球が回り回って、優勝争いや個人記録に重大な影響を及ぼしたことがあった。【久保田龍雄/ライター】

世紀の落球

 半世紀以上経過した今も語り継がれる“世紀の落球”を演じたのが、阪神の外野手・池田祥浩(純一)だ。1973年8月5日に行われた巨人との伝統の一戦。この日敗れれば自力優勝の望みが消える巨人は、1対2の9回、先頭の高田繁が左前安打して最後の粘りを見せる。

 1死後、4番・長嶋茂雄が四球を選び、一、二塁とチャンスを広げたが、末次民夫(利光)は二塁正面へのゴロ。4-6-3の併殺でゲームセットと思われた。だが、セカンド・野田征稔は、一塁走者・長嶋のオーバーアクションに惑わされ、一塁方向に追いかけてタッチした分、時間にロスが生じ、併殺崩れとなった。

 それでもマウンドの江夏豊は冷静さを失わず、2死一、三塁から次打者・黒江透修をセンター正面へのハーフライナーに打ち取ると、アウトを確信してマウンドを降りかけた。ところが次の瞬間、まさかのアクシデントが起きる。前進して捕球態勢に入ったセンター・池田は、打球が意外と伸びたためバックしかけたが、その際に左足のかかとが芝生に引っ掛かり、仰向けにひっくり返ってしまう。

 直後、尻もちをついた姿勢のままグラブを差し出したが、転んでいなければ胸の高さでキャッチできたはずの打球は、無情にも約10センチ上を通過し、外野を転々とした。この間に高田、末次が相次いで生還し、巨人は土壇場で3対2と奇跡的な逆転勝ちを収めた。

 思いもよらぬボーンヘッドに助けられ、かろうじてV争いに踏みとどまった巨人・川上哲治監督は「(首の皮1枚で)つながった。こういう命のかかったゲームにウチが勝ったなんて初めてじゃないか、こういうところで出た(黒江の)三塁打。ツキとはいえ、やはり執念だろうな」と最後まであきらめずにベストを尽くしたナインを称えた。

 この一戦を境に上昇気流に乗った巨人は、シーズン最終戦で阪神を逆転し、前人未到のV9を達成。結果的に0.5ゲーム差の明暗につながった池田のアクシデントは、落球したわけではないにもかかわらず、“世紀の落球”として伝説の1ページを飾ることになった。

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